1:14
本日は本案の審査のため、4名の参考人からご意見を伺います。ご出席いただいております参考人は、東京大学先端科学技術研究センター教授、牧原伊鶴さん、早稲田大学政治経済学術院教授、小原孝晴さん、一般社団法人コード・フォージャパン、滋賀県日野町政策産業、東健二郎さん、及び、留国大学法学部教授、本田太郷さんでございます。この際、参考人の皆様に一言、ご挨拶を申し上げます。本日は、ご多忙のところご出席いただき、誠にありがとうございます。皆様から、忌憚の ないご意見を賜りまして、今後の審査の参考に致したいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。次に、議事の進め方について申し上げます。まず、牧原参考人、小原参考人、東参考人、本田参考人の順に、お一人15分程度でご意見をお述べいただき、その後、委員の指摘にお答えをいただきたいと存じます。また、ご発言の際は、挙手をしていただき、その都度委員長の許可を得ることとなっておりますので、ご承知を引きください。なお、ご発言は、着席のままで結構でございます。それではまず、牧原参考人からお願いいたします。
2:54
牧原と申します。行政学を専攻しており、総務省の自治体戦略2040構想研究会の座長代理を務めた後、その報告書を受けた第32次、33次地方制度調査会の委員を務めました。そうした経験から、本日は、とりわけ第33次地方制度調査会の一委員としての関わりの中で、個人的な見解を申し述べることにさせていただきたいと思います。また、この参議院では、2月26日の行政監視委員会で、地方 自治法改正について意見を申し上げました。法律案が国会に提出される前ではありましたが、大変有意義な質疑の時間であったと考えており、本日そこに出席された方もいらっしゃると思いますが、繰り返し恐れずに、私なりの見解を申し上げさせていただきます。まず最初に申し上げたいことがあります。被平地の問題を議論するにあたりまして、私にとっては、東日本大震災の被災地の大学で、ごく小さな部局の席にある地域にいたときの経験が通列でした。3月に被災し、4月に新年度が始まるはずの中、私たちは卒業生を会うことなく送り出し、在校生の新年度の受講について手当をし、さらには入学予定の新入生たちが安心して新年度を迎えられるようにしようとしましたが、それらはかなりの努力を要するものでした。そして、津波に襲われた地区ほどは深刻ではないはずのその状況で目にしたのは、様々な場で、平時では考えられないような驚くほど異様な言動や行動をとる人が多かったことでした。甚大な被災が間近にあり、目前には日常の業務に復帰するには数多くの課題がある中で、様々なやり取り、様々な場での振る舞いでも平時にはありえない出来事にいくつも遭遇しました。それらの多くは合理的な話が通じない性質のものであり、それぞれなりに大変な重みを抱えているのだろうと推察はしましたが、残念ながら復旧・復興を遅らせるものと言わざるを得ないものばかりだったと私は当時考えておりました。長い時間をかけてそれらを何とか乗り越え、最終的には平時の運営に戻っていきました。つまり平時の普通が非平時では普通ではなくなるわけです。とりわけ問題発生時、どのように収束するかが全く見通せない中では、後から振り返ると忘れてしまうような多大な不安感が至るところに漂っています。これは新型コロナでも初期段階ではやはりそうだったのではないでしょうか。つまり、非平時においては、多大な不安感に積まれた国も地方もどのような対応をするかはわからないと私は考えております。国が混乱をすることもあれば、地方も混乱をすることがあるという認識を私はとっております。もちろん私の周囲だけ特別に異様な事態が見られただけかもしれないとはあえて申し添えます。しかし、東日本大震災にせよ、新型コロナにせよ、あれほど多くの被害があったにもかかわらず、最悪の事態を免れる局面が至るところにあったと私は感じております。将来において、あの経験では済まない、より可烈な状況が起こることは十分想定すべきです。そこでは、あの時に可能だったことが可能ではないことになります。しかも、私たちにとり、これらは全く想定外の巨大な災厄でしたが、 それが10年の間に2度も繰り返されています。となれば、想定外の状況に対処するための手立ては必要ではないでしょうか。新型コロナがかなりの落ち着きを見せた今こそ、そこに踏み込むことが重要であり、もう終わったのだから全く平時の発想で良いとするのは、結局はあの経験を活かしていないことになるのではないかと考えております。今回の地方自治法改正案における補充的な指示権の立法は、やはり今、対応しておかないと将来、あの時に対応しておくべきだったと後悔するような、あるいは、なぜ対応しなかったか検証の対象になるようなものではないかと私は考えております。さて、本来的に地方制度は、今日も明日も穏やかな平時の日常生活の中で安定的に運用される性質のものです。しかし、歴史を遡れば、太平洋戦争末期に導入された地方制度である地方総幹部は、本土決戦に対して国と連絡が取れなくなった場合に、各地方ごとで意思決定を取る仕組みでした。極端な非平時では、国との連絡すら途絶するわけですから、国の指示権は行使されることはありません。他方で、さほど深刻ではない災厄に際しては、指示権を行使するまでもなく対応は可能であると思われます。したがいまして、今回想定されている非平時とは、 ここで述べた2つの非平時の間のレベルのものであり、極端ではないがそれなりに深刻な非平時ということになるでしょう。そのような中間レベルの非平時においても、冷静な対応が可能であれば、国と地方との間で連絡調整を行いつつ、対応することは十分可能だと思われます。しかし、混乱状況ともなり、合理的な判断をしにくくなるような事態であったとした場合が問題です。国も混乱しているでしょうが、現場が混乱している地方自治体において、それぞれ十二分の努力をしているのはもちろんでしょうが、極めて苦しい状況にあることは疑いがありません。その場合、国会や世論が「何かもっと政府はすべきだ」という声を上げないとも限りません。であるとするならば、法律を超えた、法律に基づかない指示を国が地方に対して出そうとすることを、私たちはあらかじめ想定すべきだと思われます。そうした雰囲気の中で指示を出したとすれば、その内容が過剰になることもあり得るでしょう。今回のような立法がないからといって、国は指示をしないわけではないと私は考えております。であるならば、法律上の要件と手続きを厳格に規定し、必要最小限の措置を取ると いう法規定を設けるべきではないかと私は考えております。合理性を欠いた雰囲気の下で、法律に根拠のない指示を出すことを実質上容認するよりは、法律に基づいて可能な範囲で限定的な指示権を行使した方が、合理性を保てると考えるからです。日々の生活が安定した平時から見ますと、今回の地方自治法の規定の異様さが浮き出るように感じるかもしれませんが、先が全く見通せない非平時の異様さの中では、具体的な法規定こそが異様さを消し去り、冷静な判断を呼び込むように考えております。今回の法規定を見ますと、国が都道府県市町村に直接指示権を行使する場合だけではなく、都道府県に対して市町村への調整を指示する場合、都道府県から国に応援を要求する場合、また、都道府県市町村から国に職員派遣を要求する場合、それらと合わせて国が都道府県市町村に応援を指示する場合が規定されています。指示権の前段には、地方自治体からの意見表明を受けることが努力義務ではありますが、規定されています。これらの多様なメニューがあれば、実際に想定外の状況となった場合、国が指示を出すまでもなく、応援の要求が国に対して行われることが十分想定されます。国と地方がきめ細かくコミュニケーションを行おうとするプロセスの中に、国地方のそれぞれが権限を新たに持つようになったとも考えられます。国の指示権は地方自治体に対する強力な関与ですが、これに対して地方自治体の側が法律に基づいて国に強い申し入れをする道も開かれているわけです。地方からの要求と国の指示とが長乗しています。その意味で、指示権とは、地方自治体と国との密接なコミュニケーションとの間で、常常性・リダンダンシーの関係に立つと理論的には考えられます。相互に足らざるところを補完するものと言えるわけです。この点は、先般、行政監視委員会で参考人として出席した際にも申し上げたところです。国の関与は強化されたが、地方自治体から国への逆の関与も詰められています。今後、想定外の事態が起こったとき、国都道府県市町村が、そうした権限の網目を適切にたどりながら、住民の生命と安全を守ることができるようになっていると言えるように考えられます。なお、今国会で修正があり、国会への事後報告を義務付けることは大変良かったわけで、地方制度調査会でも事後報告は 当然必要だと議論もしておりました。また、検証も不可欠だということも強調されており、事後報告に合わせて国会内市は第三者機関での検証を期待したいところです。さらに、法律に沿った措置が起こったということであればこそ、二度とそのような形での一般的な指示権を同じ状況で行使しないよう、直後に個別法に落とし込んだ立法が必要であることも、施政庁の答申で指摘されています。法律に規定されていればこそ、国会では具体的な議論が可能となります。事前の国会の承認までは規定していませんが、適宜国会で政府に対して指示権交渉する用意があるかどうかを尋ねることもできるわけですから、規定がない場合に比べて、政府の姿勢を具体的に国会で正すことができます。国会の役割が極めて重要になることを申し述べさせていただきます。このように、指示権のみならず多様な規定が整備されて、想定外の事態において、国と地方自治体とが密接なコミュニケーションを取ることができるようになると思われます。実際に指示権を行使するとしても、地方自治体 がその指示に従うためには、事前に指示の催目を国と共有する必要があります。相当な混乱状況が想定される中で、地方制度調査会ではこうしたコミュニケーションのために何が可能なのかを様々に聞き取りました。特に重要なのは、新型コロナのある時期から、総務省で都道府県と西烈市制度市に出向経験があり、地元を熟視した職員を担当者に一つずつ割り振り、一対一の連絡体制を作ったことが有効であったという経験です。担当者は、この仕組みについて、地方公共団体の意思決定過程や現場で生じる課題について、話を聞けば3D画像的にイメージを描いて共有できる経験・能力があったことが、政府内で伝言ゲームになりがちな現場状況を適切に伝え、現場に対しても必要な情報を出しやすくなったと振り返っています。それは確かだと思われます。では、今後、想定外の状況でこうした一対一の連絡体制、あるいは3D画像的にイメージを共有できる国と地方の関係をどう構築するかは、まだ検討以前の段階であろうと思われます。その意味では、非平時における紙事件の行使を含めた国と地方との間の体制づくりは今後の課題です。しかし、想定外の事態がいつ生じるかわからないとすれば、状況は待ったなしですので、法律が成立した暁には早急にそうした準備を進めていただきたいと切に希望しております。また、こうしたコミュニケーションの体制構築は、地方自治法における一般的な紙事件のみならず、個別法で既に規定された紙事件を行使する事態が万一生じた場合、円滑かつ適切な指示を出すことを可能にするとも思われます。今回の法改正を契機に、現状より最悪への対応力を強めるであろうことが、ここでも期待できます。地方自治法改正案によって、将来起こる可能性のある想定外の事態に対して、国の地方に対する関与が確かに強められていますが、地方自治体が最終的には住民と接する以上、地方の側の自治行政の強化が不可欠です。住民参加が進むこともますます必要になるでしょう。国の権限の強化に加えて、地方自治体がより強い自治を担うことで、想定外の事態に対応できる強靭な社会が形成されるのではないでしょうか。文献型社会であり、レジリエントな社会が構築されることこそが、あるべき地方自治法の描く国と地方の関係でしょう。最後になりますが、国の関与の強まりについて、地方制度調査会では相当慎重に議論したとはいえ、これは手放しで賛成すれば良いものでは決してないと私は考えております。特に政府を監視する国会の役割は、一般的支持権の肯定化によりますます重要になります。そのため、警戒は怠れなくすることが理にかないます。これまで国会で様々な議論が行われたことが大変重要であり、国会両院の先生方に一議員として深く感謝の意を表して締めくくるとさせていただきます。ありがとうございました。次に小原参考人にお願いいたします。早稲田大学の小原でございます。おはようございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます。国権の最高機関である国会で、このような意見陳述の機会を与えていただいたことを大変光栄に存じております。お手元に資料をお配りしております。それに沿いましてお話をさせていただきます。今回のアウトラインは、始めから終わりにまでお示ししているとおりでございます。最初に問題の限定ということでございますが、地方自治法改正は3本柱があると言われておりますけれども、その中でも特例的な関与、新設の第14章の中で規定されております、まず、10台における補充的な支持、あるいは支持権の新設に関してその問題点を申し上げたいと思います。最初に1番、地方自治の本質と書いてございます。しばしば、1999年交付、翌2000年施行の地方文献一括法にいろいろな方々が言及されておりますけれども、私はもっと遡りまして1947年に憲法と同時に施行されました憲法第92条の地方自治の本質について触れておきたいと思います。言うまでもなく、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本質に基づいて法律でこれを定めるということであります。それは英文表記で言いますと、The Principle of Local Autonomyということでございますがこの第92条に関しましては、いわゆるマッカーサー相話にはもともとなかったもので日本のイニシャチブで作られたということがこれははっきりしております。中でも中心人物は、もともと戦前の内務官僚で、その後法制官僚として法制局長官までお勤めになった佐藤達夫さんでございます。いわば総務省、自治省の大先輩に当たる方でございますがその方が、これは私が入れましたということをおっしゃっております。その地方自治の本質に関して、しばしば教科書では団体自治と住民自治から構成されるという具合に説明されるわけでございますけれどもしかし佐藤達夫さんがもともとのローカルオートノミーについてかっかくしかじかと理解し、そしてその入れ込んだ、その原理を考えてみますとそれは国は自治体に対して不要、不急、不当な介入をすべきではないということでございます。俗に言いますと、余計なおせっかいをしてはいけない、ハンズオフということ手を出してはいけない、手を出していたらその余計な手は引っ込めなさい、手を引けというのがローカルオートノミーの原理でございます。教科書の言葉に習っていますと、団体自治と住民自治の中の団体自治にもっぱら軸足を置いた表現が、ローカルオートノミー、地方自治の本質ということでございま す。そしてそれを受けて、地方自治法第1条は、この法律は地方自治の本質に基づくのだということを理念を高らかに謳っております。私が見るところ、新設第14章の補充的な指示権は、いわば国が自治体に対して余計なおせっかいをする、その道を開くものだという認識をしております。地方自治法第1条で謳いながら、新14章で地方自治の本質を否定する、つまり地方自治法自体が地方自治法を自己否定している、続いて2番について触れましたけれども憲法の中で92条だけがそびえ立って、唯一無二の原理というわけではもちろんなくて様々な原理、プリンシップルが置かれております。その中でも最も重要といったよろしいものが、憲法第13条、すべて国民は個人として尊重される生命、自由、幸福追求権は、最大の尊重を必要とするというところでございます。その生命、自由、幸福追求の第1番目に謳われた、生命の危機ということがある場合に文献、文献とばかりは言ってられない。その意味で私は決して文献、原理主義というわけではなくて、様々な原理のバランスの中で文献を考えることが重要だというふうに思ってお ります。そこで生命を守るための災害法制が一体どういう立て付けになっているかということを考えてみたいと思います。そこでお配りした資料には、災害対策基本法から、検疫法までの法律のメニューが並べられております。中には、武力攻撃自体対処法ですとか、国民保護法ですとか、そうしたものも入れたほうがよかったのかもしれませんが、地方制度調査会の議論というのは、基本的にはコロナ感染拡大がする中でのその対応にいかなる問題がありやなしだということで進められましたので、そこで比較的コロナ対策に関連深いものも中心に並べております。中で原子力災害対策特別措置法だけが、少し異例なはまり方をしているように見えるかと思いますけれども、なぜそれを入れてあるかということは、すぐ後に申し上げます。さてそれで、こうした並び方があって、災害対策基本法が市町村中心、そして自治事務中心、さらに検疫法はその一方の端で国の直営事務のみということであります。その中で様々なグラデーションがあって、その数直線の中にいろいろはまっているわけでございますが、今回のコロナ感染拡大に対する対応策の最も中心になったものの一つは、新型インフル エンザ特措法でございます。ではその新型インフルエンザ特措法が国の関与が利かない、グリップが利かない、そういう仕組みになっていたかどうかということで眺めてみますと、これははっきりしておりますけれども、新型インフルエンザ特措法は政府対策本部の設置法か国の直営事務が書かれているほかに、自治体が行う事務はほとんど全く法定事務で、法定住宅事務でございます。法定住宅事務というのは自治事務と異なって是正の支持、さらに必要があれば辺野古の埋め立てではありませんけれども、大執行までできるという非常に国のグリップが利く、強い関与が利く、そういう仕組みでございます。わずかに自治事務として残されているものも、同法の第74条をご覧いただければわかりますけれども、警察署間の事務でございますので、警察署間の事務というのはほとんどが自治事務であって、しかし警察は集権的な体制の中で動くようになっておりますから、まとめて言いますと、新型インフル特措法は相当に集権的なグリップが利く法律であったということであります。やろうと思えばいろんなことができたということであります。では災害対策基本法などのように、自治事務中心、市町村第一主義の場合には国のグリップが利かないかというと、そういうわけでもないということで、そこで挙げたいのが原子力災害対策特別措置法の例でございます。今から13年前になりますけれども、東日本大震災のときに福島第一原発が事故を起こして、そして周辺の立地市町村で避難をしたということがございました。そのときに同法に基づいて原子力災害対策本部長、これは内閣総理大臣、ときの菅直人さんでございますけれども、避難指示を出したという形でございました。さあ逃げなさいということでありますけれども、でも実際は、周辺立地市町村の住民に対して内閣総理大臣が避難せよという指示を出したわけではございません。内閣総理大臣が出した指示は、地元の市町村長に権限があるのが避難指示でございます。地元の市町村長が避難せよというのでございます。その避難指示を出すべしだという、そういう指示を出したということでございます。しかもその指示というのは、多分法律によってグラデーションがあると思うのですが、強制力を伴っておりません。基本的にお願いベースのものでございます。進めていうと、内閣総理大臣が 避難指示を出したらどうかというお願いをし、市町村長がそれを受けて避難指示を出して一斉に逃げたということでございます。つまりそのお願いベースであっても、当時の状況の中で避難をするということが合理的であり、それに従うことが説得力があるから逃げたということであって、自治事務であっても、科学的合理的な説得力があれば十分従うというものでございます。そこで、昇格でございますが、今既存の災害法制が文献的なたてつけになっていて、それだから機能不全を起こしてコロナ対策がうまくいかなかったのだということではなくて、既に十分周見的な要素があったにもかかわらず、それを上手に使いこなすことができなかったので、うまくいかなかったということであるのに、あたかも法制のたてつけが悪いからそこに問題があるのだというふうに問題を落とし込んでいっているのが、今回の自治法改正の最大の問題点ではなかろうかという具合に思います。3番目、政治のリーダーシップというところに移ります。そうは言っても、そうは言っても様々なことは起こり得るから、だからどういうことがあってもいいように一般法のレベルでいざというときに備えて補充的な指示ということを用意しておいた方がどうかと、こういう議論はあるわけでありますけれども、それに対しては私は政治のリーダーシップで、政治のリーダーシップというのは選挙で選例を受けて国会で内閣首相主名というさらに選例を受けて、正当性を持った内閣総理大臣に最終的には集約されますが、それがリーダーシップをとっていざというときには対応し、しかしそこに試験制限の要素がある場合には追いかけて法令をきちんと整備していくということでよろしいのではないかという具合に私は思っております。それは政治のフリーハンドの問題、ここまではあるということではなかろうかと思います。そこで英国ロックダウンの例ということで、当時のボリス・ジョンソン首相のBBCで行った放送のその写真もつけて、委員の皆様にお配りをしております。実はボリス・ジョンソン首相は最初厳しい規制を置くことに関してかなり抑制的、弱腰、逃げ腰の姿勢であったわけですが、イギリスの中でインペリアルコレッジロンドンという最も医療感染症関係では権威あると言われている大学の専門家研究チームが報告書を出しまして、3月16日にレポートの第9号というのを出します。そこで様々なシミュレーションを置いて、このままロックダウンせずに放置した場合には、イギリス国内で50万程度の死亡者が出ると。こうしたことを科学的合理的な根拠に基づいて、もちろん全てわかっているわけではありませんので、後々それが正しかった、完全に正しかったというわけではございませんが、その報告書が大きな起因になって、ジョンソン首相、ジョンソン政権が動き出して、そして3月、2020年の3月23日、20時30分からBBC放送で、私はそのときイギリスにおりましたので、実際これを膝を揃えてテレビの前で緊張しながら聞いておりましたけれども、ここに書いてあります通り、コロナウイルスは最悪の、最大の脅威であるから、そこでボリス・ジョンソン首相は、ステイホームだということを一生懸命国民に訴えました。首相自らがテレビを通じて国民に訴えるということをいたしました。そしてそのすぐ後を追って、症例を整備したり、コロナバイアラス・アクトを整備して、追いかけて法令整備をしていくということでございました。その特徴ということでございますが、改めてまとめますと、科学的、合理的で説得力ある知見に依拠して、首相自らが説得に当たったということ。それから国会内でレイバー、他の野党に対して一生懸命説得する。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドのファーストミニスターに対して、日本とは別の形で非常に文献体制が進んでいる国でございますけれども、そのファーストミニスター、首相または第一大臣に対して、一生懸命説得して、小倉会議というようなものを通じて、それで合意を取り付けて実施していた、こういうことでございます。我が国でも首相がリーダーシップを発揮した例がございました。それは2020年2月27日の全国一斉休校要請でございます。私はそこに何が、どういう問題があったかということでいえば、そこに法的根拠が欠けていたということが問題であったのかというと、そうではなくて、ボリス・ジョンソンがやったときに示したような、科学的合理的な知見に基づく説得、さらに国会内での合意の取り付け、文献体制での合意の取り付け、そういうことをしていたかどうか、そこが欠けていたところが問題だったのではなかろうか、法的根拠がなかったことが最大の問題とは思えないということでございます。マスク配布もどうしの問題かということを付け足して書いております。最後でございます。牧原先生も盛んに十分ご指摘になりました。国会関与、それによる歯止めということでございます。事前事後の国会の承認、あるいは国会への報告によって歯止めをかける、補充的な指示が乱用されないように歯止めをかける、こうした議論は地方制度調査会の中でも、それから国会審議が移って、衆議院でも、それから参議院の先生方の御審議でも続けられております。なぜ国会の関与をそれほど認めないかということに関して、松本総務大臣が主として説明しているのは、地方制度調査会では機動性に欠ける。そうしたことをしていると、緊急事態に対して機動性に欠いた対応しかできないので、国会の関与はいらなくて閣議決闘でいいのだと、こういうような議論がされたわけでございます。私は、医学者というのは人から聞いたことを鵜呑みにしないというのが立ちでございますので、それで実際地方制度調査会でそうした議論があったかということを確かめました。今回の法改正につながる地方制度調査会の議論というのは、2023年に入ってから始まっておりますので、その1年分の議事録をすべて点検いたしましたけれども、機動性に欠けるという言葉そのものが出てきたのは、第20回専門省委員会10月23日の2カ所。2カ所といいますか、山本委員長と田中行政課長が、機動性に欠けるという議論だったよね、はいそうでしたね、というこういうやりとりですので、事実上は1カ所でございます。つまり、公式記録上は機動性に欠けるから、だから国会の関与はそれほどいらないのだと、そういう議論はなかったということでございます。今回の法改正は、国と自治体の関係だけにとどまらず、国会とそれから官邸との関係、政治と官邸との政官関係、国会主権をどう担保するか、先ほど申し上げました、冒頭申し上げました。国権の最高機関である国会、sovereignty of parliament、国会主権をどう担保するのかということが鋭く問われている問題でございます。私は事後報告にとどめず、事前の承認まで含めて、もう少し深い、政制型国会への関与が必要だということを申し上げまして、私の意見陳述とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。ありがとうございました。
32:09
本日は貴重な機会をいただきましてありがとうございます。一般社団法人行動法ジャパンの東と申します。資料をお手元に配付いただきまして、ちょっと大部でございますが、順を追ってご説明させていただきますけれども、行動法ジャパンは東日本大震災の際の活動契機としまして、2013年に設立されました、非営利型の一般社団法人であります。いわゆるシビックテック、市民をはじめ多様な主体が連携し、テクノロジーを活用して地域課題解決を行う活動をしております。その際、行政は重要なプレイヤーでありまして、その機能強化、あるいは職員の能力向上としてのDXの推進や、住民参加型のデジタルプラットフォームの活用を進めているものです。またもう一つ、滋賀県日野町で政策参与を務めさせていただいております。日野町は人口2万人、職員の数は230人ほどの小さな団体でありまして、古くは戦国武将がもう地里の生まれた町ですとか、あるいは大見商人の一つであります。大見日野商人の町としても知られておりますが、また、柴良太郎の街道行くにおいてもその街並みが記されているところであります。その日野町におきまして、2021年度より地方公民法における参与として、自治体DXへの対応と業務効率の改善を図ることを職 務としております。以上のような経歴から、本日お話しいたしますのは、大小様々な自治体の現場の実情や自治体DXと呼ばれる言葉が捉えるべき事柄にも言及しながら、今般の地方自治法の改正を契機として議論がさらに進むことを期待いたしまして、課題や可能性について私個人の立場として意見を述べさせていただきます。資料、時間も限られておりますので、資料お手数ですが、一番最後に意見のまとめを書いておりますので、一番最後17ページをお開きいただけますでしょうか。一番最後に意見陳述のまとめとして、二つありますけれども、一つ目は自治体DXをどのようなものとして考えるという観点であります。それは私なりに考えますと、我が国が目指すデジタル社会の実現、発展を持続的に可能にするための仕組み、これはアーキテクチャといいますが、そういうふうに言えるかと思います。すなわちそれは、地方文献改革で目指してきました自治体の自立性の確保、より言えばそうした自立性を強めた領域における意思決定メカニズムに着目するというものであります。こうした意味から今般の改正案は重要な意味を持つものであります。まずそれは第11章を新設しまして、情報システムの有効利用、あるいは自治体間や国と協力した最適化、あるいはセキュリティの確保が地方自治において重要な要素であるということを 明示したことであります。情報システムはこれまでから自治体において活用されてきており、行政サービスの大量処理やあるいは高度化の要請に応じて順次整備されてきたものでありますが、従いまして役所の仕事の多くは様々な情報システムが規定しているものであります。その意味では第244条の5、第1項は確認的な規定であることも確かでありますけれども、住民サービスの向上や行政組織の業務効率、あるいは職員の負担軽減などこれらを含めた最適化といった住民、行政組織双方の意味で重要な役割を持つ情報システムと、同時第2項に規定するそれを本来あるべき機能に荒らしめるところのセキュリティの確保が実態としても自治体の根幹の一つであることを示していると言えると思います。そして第22項のサイバーセキュリティの確保、あるいは個人情報の保護といった必要な措置の義務付けがされております。前項で政府部門がネットワーク上で相互接続され、今後もそれが進展することから、どこかに脆弱な状態をつくらないという意味で当然の措置でありますが、こうした措置は自治体がそうした自ら主体的にセキュリティのレベルを選び取ること、すなわち自治体の根幹である要素は自ら決めるということが、自律的な存在であります自治体に求められることであるということを明確にしたものであるということも理解できます。そして情報システムの最適化、セキュリティの確保といった取り組みに対する支援は国の配慮責任として考えられるものであります。この配慮責任については後ほど少し触れたいと思います。2つ目は次に国と地方の役割分担に関することであります。この地方文献改革の取り組みは、いわゆる平成デモクラシーと呼ばれる統治記号改革と相まって整備されてきたものでありまして、そこに言葉として自治体DXが合流しているのが現在地であると理解しております。その中で地方自治法でありますとか、その他個別法のあり方も含めた全体としての秩序が作られてきているものだと思います。この点で補充的な指示についても国と地方の役割分担として、まず法によって地域における事務を自治体が司り、国の関与と総省、総省の仕組み、いわば政、反、合で統合されてきたものの中で極めて例外的な事象での関与を認めるものとして理解しているものです。その上で今般出されております修正案については、国会での平時の議論を含めた、こうした法の運用をこれまで以上に蓄積しなければならないという意味として、周辺修正案により国会への報告の定めが入ったことも大きなことだと思っております。もう一つの観点は、これまでの審議の中でもいくたに登場しておりますコミュニケーションに関することであります。なぜそれが重要なのかと考えた際に、地方自治法の具現化をなす主体として地域コミュニティーですとか、ここでは政府という言い方をしますが、地方政府、中央政府、それぞれがどのようなコミュニケーションをするかという観点になろうかと思っております。先ほどの情報システムについても、あるいは関与の局面についてもそうですが、多機関が連携する局面を制御するものでありまして、調整と同時に相互理解がその根幹にあると思います。また、住民の暮らしを支える地域コミュニティーの維持、地域課題の解決には、多様な主体が連携することにも多機関連携がすでに数多く見られているところであります。ただし、これらを一挙に解決するような銀の弾丸はありません。調整と相互理解を粘り強く続けることそのものが重要であり、具体的には人やあるいは機能としてのコーディネーターの振る舞いが重要であると考えます。今回の改正案、修正案において、そうしたコーディネーターを中心に考えてみたときに、これまでの諸制度との連携も含めて、それをうまく乗りこなす知恵とい ったようなものが各主体に求められるのではないかというふうに考えるものであります。そうした観点で、とりわけ第260の49、第2項に規定されております。市町村庁による指定をどう見るかというのは、一つ問題になるかと思います。指定地域共同活動団体が地域において重要な役割を果たすことを想定しているものでありますが、そもそも地域コミュニティの活動や組織は多様であり、それを一律に捉え、平準化につながるであるとか、指定をトリガーとして地域における各主体間の関係性が変化することへの懸念があると思います。これらについては、規定としては市町村庁が指定するものになりますけれども、その指定にはそもそも地域コミュニティへのリスペクトと呼ばれるようなものが必要だと考えるものになります。以上がまとめでありますが、資料前にお手数ですが戻っていただきまして、4ページにお戻りください。冒頭から申し上げましたデジタルトランスフォーメーションのポイントとして、よくデジタルツールを入れることに着目する議論がどうしても多いのですが、私が考えますのはそうではなく、いかに行政サービスを構築するか、その手法をアップデートすること。資料 右側にありますが、そして同時に重要なこととして、組織の在り方の変革、この両面からなるということを指摘したいと思います。次のページになります。そうしたときに、組織の在り方ということで考えた際に、これまでの地方文献改革とのつながりが見えてくるわけであります。これを改革の方針が具体的な制度変革につながっていくプロセスという意味で、今後土着化というふうに表現いたしますが、地方文献改革をはじめとするいわゆる平成デモクラシーの文脈で、集権化と文献化のベクトルが相まっての土着化の過程で不整合が生じ、今般の100割分担の再調整が求められているというふうに理解しています。また右側ですが、自治体DXという言葉が生まれてきた文脈も、地方文献改革以降進められてきました。自立性を強めた自治体における意思決定メカニズム、これが現在自治体DXで言われている標準化でありますとか、データ連携等々。本来は地方文献改革が言われてきた従前から取り組むべきことからであったというふうに理解をしております。次のページになります。そうしたときに、組織の在り方、あるいはコミュニケーションの話として、自治体DXをめぐって国と自治体がどうコミュニケーションを取ってきたか 、それを地方文献改革における提案募集方式の中に見て取ることができます。左側でありますが、自治体DXという言葉が登場する前は、国は自治事務だから地方の責任であるべきという物言いをよくすることがありました。今もやや見れることでありますけれども、その際、取り分け情報システムに関わる事柄で国の配慮責任という考え方が示され、いわば地方文献の理念を具体化したり、あるいは公直的な議論になることへの歯止めとして機能するようになっていきます。近年の提案の回答ビルを見ますと、どのような事務であるべきかを考える、あるいは情報システムであれば最適化という考え方になりますが、そうした考え方に基づいて国・地方が噛み合った議論になりつつあることを注目しております。ただし、解決策のものが十分なのかもちろんありますけれども、コミュニケーションが配慮責任という考え方が自治体DXの中に組み込まれているだろうということが重要であります。続いて7ページであります。そうした今回の改正の中でも、自治体間で協力して情報システムの利用の最適を図るということが規定されておりますが、これまで自治体で取り組んできたことでありますと、例えばシステムの共同調達が挙げられます。私は大阪府の調達に関わる審査会の会長を務めておりますし、また同時に府が共同調達した外部人材のアドバイザーとして府内の市町村を支援しておりますが、これをなぜ大阪府という都道府県が行うかということでありますが、それは市町村の体制の問題ということにとどまらず、大阪府自身にも資する取り組みだからということであります。ここでも配慮責任という言い方をするとすれば、情けは人のためならずではありませんけれども、責任を示すことはその相手方との関係ではあくまで対等平等であること、情報システムであれば全体最適という言い方になろうかと思いますが、双方にメリットがあるという点は改めて指摘したいと思います。続いて8ページから10ページにかけてでありますが、組織の在り方としてお話を続けますと、日野町の取り組みとして、新型コロナウイルスのワクチン集団接種の事務に関して調査研究を大学と共同で実施いたしました。これは対応の是非を検証するというよりも、今後も起こり得る不確実な状況に対して我々がいかに適応できるか、そのために組織の在り方を考えるものとして10個の動作と3つの提言をまとめたものであります。ポイントだけお話しますと、お互い手探りの状況にならざるを得ない局面では、お互いに抱く不確実性、これは報告書で は恐怖と言っておりますが、それを引き受け柔軟な意思決定を行ったり、そのための平常時からの組織としての需要度を広げることの重要性が指摘できると思います。飛ばして11ページになりますけれども、そう考えたときにですね、現在進行します自治体DXの取り組みについて、自治体職員がどのように受け止めているかということが注意深く見る必要があると思います。研究メンバーを務めました日本都市センターによる自治体職員向けのアンケート結果からは、DXの方針など総論はおおむね賛同を得られているものの、職位別に細かく見ますと、デジタル化あるいはDXの受け止めが異なる結果となっております。またデジタル化を効率化の手段として用い、特に住民参加に対する意識が弱いということが気になります。これは自治体DXの取り組みがスタートしまして数年になりますけれども、その土着化が想定しているところと異なる期欠になるのではないかということが現時点で推測されるところでありまして、対応が必要ではないかと考えているところであります。12ページ同時にですね、異なる土着化の期欠を生む可能性も指摘したいと思います。冒頭申し上げましたシビックテックは圧倒的なスピード感と評価されました。