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参議院 外交・安全保障に関する調査会

2023年04月12日(水)

2h58m

【公式サイト】

https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=7356

【発言者】

猪口邦子(外交・安全保障に関する調査会長)

北岡伸一(参考人 東京大学名誉教授)

明石康(参考人 公益財団法人国立京都国際会館理事長)

吉川元偉(参考人 国際基督教大学特別招聘教授  元国際連合日本政府代表部特命全権大使・常駐代表)

1:30

ただいまから、外交安全保障に関する調査会を開会いたします。委員の異動についてご報告いたします。昨日までに、濱田卒氏くんが委員を辞任され、その補欠として宮口春子くんが占任されました。外交安全保障に関する調査を議題といたします。本日は、21世紀の戦争と平和と解決力、新国際秩序構築のうち、国連改革、アンプリ改革、専門機関の強靱化について、3名の参考人からご意見をお伺いした後、質疑を行います。ご出席いただいております参考人は、東京大学名誉教授北岡慎一くん、公益財団法人国立京都国際会館理事長赤嶋康くん、及び国際キリスト教大学特別招聘教授、元国際連合日本政府代表部特命全権大使常駐代表吉川本秀くんでございます。この際、参考人の皆様に一言ご挨拶申し上げます。本日はご多忙のところご出席いただき誠にありがとうございます。皆様から忌憚のないご意見を受けたまわりまして、今後の調査の参考に致したいと存じますので、よろしくお願いいたします。次に議事の進め方について申し上げます。まず、北岡参考人、赤嶋参考人、吉川参考人の順にお一人、20分程度でご意見をお述べいただき、その後午後4時頃までを目途に質疑を行いますので、ご協力をよろしくお願いいたします。またご発言の際は、挙手をしていただき、その都度会長の許可を得ることとなっておりますので、ご承知をお聞きください。なお、ご発言は着席のままで、稽古でございます。それではまず、北岡参考人からお願いいたします。

4:03

北岡参考人

4:05

北岡でございます。本日は大変重要な会合にお招きをいただきましてありがとうございます。私は日本の外交を教えて、研究史を教えており、また2004年4月から2006年の9月まで、特命全権大使、国連代表部、自責代表を務めさせていただきました。その後、関連ある仕事としては、2015年10月から昨年2022年の3月まで、JICAの理事長を務めてまいりました。以上の経験をもとに、今日はお話をさせていただきます。さて、遅らいな危機に関してですね、国連に対する失望が非常に広がって、国連は無力だということをよく言われるわけであります。しかし、私から見れば国連は元来無力なものでございます。自前の力もありませんし、自前の財源もありません。しかし、無意味ではありません。非常に重要なものであります。どういう意味かと言いますと、それは世界の世論を作っていくというのは、ここが一番中心だという点で大変重要だと私は思っております。その中核にあるのは、もちろんアンポリーになりますけれども、このアンポリーでは2005年の改革が挫折した以来、ほとんど進展はないのが実態であります。日本はその旗頭であったわけなんですけれども、以後、いつも国連総会では常任・非常任の両カテゴリーの拡大ということを主張するだけで、それ以後進展はないというのが実態であります。で、遅らいな問題においてはですね、アンポリーは瀕死の状況にあると言ってもよいわけなんですけれども、同時にそれはアンポリーを改革しなくてはいけないという機運が盛り上がっているという意味でもありまして、一種のチャンスでもあります。これまで非常に消極的だったアメリカの態度は少し今は前向きになっているという事実があります。ただですね、この遅らいな問題が早く解決してほしいんですが、解決したらまたおそらくモメンタムを失われるでしょう。ですから、ぜひ、遅らいな問題を解決するためにもですね、この活用で改革を進めたいというふうに思っておる次第であります。さて、これを考えるためには私は、やはり2005年の挫折の総括をやっぱりしておく必要があるというふうに思っておるわけでありまして、これは、赤嶋さんもそれから、当然吉川さんもこの点を詳しくお触れになる可能性ありますが、最初に私が当たったもんですから、私がこの点ちょっと一番価値を伺うこともあってお話させていただきたいと思います。2004年にですね、コフィー・アナン事務総長が提唱されたハイレベルパネルで国連改革に向けていろんな案が議論されました。2005年が国連創設60周年でありましたので、それに向けて改革をすると。その一部としてアンポリ改革が議論されたわけであります。そして、モデルA、モデルBの2つの案が、細部は省略しますが提唱された。1つは常任理事国を6つ増やそうと、それから非常任を3つ増やすと、つまり24になるわけであります。モデルBというのは常任は作らない、その代わりに再選可能な長期議席、現在は非常任議席は2年で、一度2年済んだらやめなくちゃいけないんですね。でなくて、これ2年じゃなくてもっと長くして、また再選されれば続けてやれるというのを8つ作ろうと。で、非常任は1位増やそうという案が出ました。これは色々なバリエーションがあって、これ以外の案もあり得るんですけれども、基本はこの今言ったようなものであります。これに対して、日本、ドイツ、インド、ブラジルはですね、G4というのを作りまして、このモデルAに基づいた案を提唱していったわけであります。これはなかなかとても大変難しい話でありまして、その憲章改正のためには、加盟国の3分の2以上の賛成が必要だと。当時191カ国でありましたので、3分の2といいますと128でありまして、国連というところは、多くの国は微妙な問題になると危険で逃げるんですよね。ですから多くの、色んな決議案は、例えば60対50で可決とかそういうのがあるんですけれども、これについては危険もダメと、賛成が128必要だという、極めて難しいハードルであります。これは裏を言えば、国連は選称国が中心になってできた組織であります。選称国が作った組織は変えたくないと、なかなか変わりにくいようにできているわけであります。我々は、したがって憲章を変えなくてはいけないということで、どうするかというので、まず、枠組み決議案を出しまして、常任の6個、非常任を3つ作ろうという決議案を通して、特にその6つには、どこが当てはまるべきかを選挙して、2番目に。そうすると、国が入った憲章改正案を作って、これをかけると。ですから総会を3回やるということを考えたんですね。それでその後に、それをもし通ったら、それを各国が批准すると。3分の2以上の国が批准しないと発行いたしません。その際、常任理事国は全部批准しないといけないんですね。これは一番難しいんですけれども、かつて非常任理事国を増やしたことがありまして、その時も多くの常任理事国は反対だったんですけれども、途中で徐々に態度を変えて、結局非常任理事国を増やすということはですね、昔、行われたことがありまして、ですから我々はとにかくそれをやっていこうと。最初の枠組み決議案というところで、G4は常任を6つ増やそうと、非常に3つ増やそうという案を提出、推進したわけであります。6つというのはですね、心はですね、もちろん日本、ドイツ、インド、ブラジル、これはですね、先進国の日本、ドイツ、そして途上国でデモクラシーであるインド、ブラジル、未来の大国であるこの2つを入れて、あとの2つはアフリカということが念頭にあったわけでございます。思った以上にこれは我々の方が勢いがありまして、2004年の秋の総会討議では100を超える国がですね、このモデルAのほうに賛成だということを言っておりまして、もしかしたら通るかもしれないと思ったんですけれども、その時に考えていたのは、一番大きいネックは、まずネックを突破するためにはですね、まず小泉首相がブッシュ大統領に直談判して賛成してくれると言うと、お願いに行くと。それから同時に当時、靖国問題が巡って非常にトラブルが多かった、靖国問題について中国に対して何らかの柔軟な姿勢を示すということでですね、中国をできれば賛成に、失礼、アメリカをできれば賛成に、そして中国をできれば危険に持って行ってですね、行きたいと思っていたんですけれども、この2つ立つともはっきり申し上げて政府がやってくれなかったんです。小泉さんはブッシュさんとの2つ首脳会談で一度も取り上げていないんですよ、2004年の後半以来。我々にとって大変ディサポインティングがありました。そして私は中国情勢もいろんなネットワークで調べていたんですけれども、2004年の末まで中国は反対と言っていなかったんですね。しかし同時に妥協もしなかった。でですね、これも非常にディサポインティングがありました。それで2005年の3月から中国はもう反対を始めたんですね。2005年の4月からアメリカも反対ということを明言しだしたんです。我々としては国連代表の気分は被写格オチで戦っている気分でありました。それでも我々は必死に活動して100票は取れると、うまくいけば110を取れると。可決はできないかもしれないけれども、投票に持ち込んで、そうするとうまくいけば110対反対40、危険40ぐらいの数字にもっていけると。それでこれでも128に届きませんからボートダウンなんですけれども、しかし多数はこれを支持しているという形を作って、来年以降さらに運動で賛成を、支持国を積み上げる、あるいは決議案をちょっといじっていくということを考えていたわけなんですけれども、東京の支持は投票するなという支持がきまして、投票に行かなかったんですね。私は2005年の6月18日投票予定日、そのための予行演習もしてあったんです、代表部で。しかしするなと言ってきたのでできなかったんです。本省はアフリカを大量に取り込めば可決できるということで、アフリカ工作を支持されたんですけれども、ニューヨークで見ていてアフリカの丸ごと取り込みは絶対できないということは分かっていたんですね。結局できませんで、これは流れた。アフリカは差別されていると。差別を克服するためにアフリカに常任自治国に拒否権付きでよこせと言ってきたんですね。拒否権というのは国連では全く不人気であって、拒否権に賛成しているのは5カ国しかありません、おそらく。拒否権付きといった途端にその決議案はもうボズなんですよね。しかしそう言ってきた。本音はアフリカは差別されているからアフリカにも対等の地位をよこせと言うと同時に、しかしどこか特定の国が常任になるのは嫌なんです。例えばナイジェリアがなったら周りの国は全体嫌なんですよね。ナガワがなったらアフリカの中では新山だと、この間まで白人国だったと。エジプトがなったらアラブだと。言ってみると大体反対なんですよ。ですからアフリカは騒論賛成、核論反対なんですよね。だから我々はアフリカを丸ごと取り込むのは絶対無理だから、個別工作でやろうと言っていたんですけど、これを否決されたわけであります。当時日本の分担金は19%を超えておりました。アメリカは22%に迫る数で、それでもできなかったので、このアプローチを今後続けるのはほとんど不可能だと私は思っております。もう一つの問題は、これまた外務省の友人諸君には申し訳ないんですけども、なぜどうやって失敗したかということの総括がちゃんと行われていないんですよ。ですから当時出先でみんな一生懸命働いていた大使に、なぜこういうわけでできなかったと申し訳ないということを説明していないんですよね。これは日本の政治の大きな欠点で、何かやった後総括しないというのはよくあることなんですけども、ぜひ今後よろしくお願いいたします。私は今考えているのは、日本はここで純常任理事国モデルBに降りたらどうかというのが私の意見でございます。仮に日本は作って、これまでのモデルAは絶対できないので、国連ではいつも常任・非常任の拡大と言っているんですけども、それは絶対できないということなんですよ。みんな日本がいつものことを言っているな、本気じゃないなと思っているだけなんです。もし日本が新しいアプローチを取ると、純常任で行くんだと言ったら、おっというふうに耳を傾けるでしょう。仮に任期4年とすれば、選挙では絶対日本は通ります。そして再選も多分できると思います。ただ2回やったら多分1回休んで、また次やると。そうすると、4年やって、4年休んで、8年やって、4年休んで、8年やって、4年休むというぐらいになって、今よりずっといいと思うんですね。今は2年やったらだいたい5、6年休まないと次になれないんですよね。アンポリー非常にやりたいという人が多いわけで。重要なのは、このアンポリーにて何を言うか、何を発言するかということが大事であります。日本独自の、基本的に日本は自由主義の立場にいるんですけれども、日本のメッセージを出すことで世界に聞かせるということが大事だと思っております。もう1つ重要なのは、拒否権へのチャレンジであります。アンポリ科学で一番言われるのは、構成、コンポジションとそれから拒否権、これは運営方法で、その各は拒否権であります。昨年、李秩天主大院が提案した、長年話題になっていた案がやっと通ったんですけれども、拒否権を行使した場合は、それを総会で理由を説明せよというので、一歩前進ではあるんですけれども、木で花くくったような説明をしておしまいなんですね。さらに申し上げますと、李秩天主大院という国は小さな国ですけれども、素晴らしい場所の立派なハイライズの上の方に綺麗な校庭がありまして、そこの大使は多分20年くらいやっているじゃないでしょうか。そうすると、やっぱりすっかり顔なんですよね。そういうアプローチをいろんな国がやっているということを、お参考に申し上げたいと思います。アジアでもラオスの大使なんかが、やっぱり十数年やっていて、やっぱり小さな問題だったらすぐ処理してくるんですよ。大きな問題は動きません。だけども、そういう人脈、顔、長くいることって、とても重要だということをついでに申し上げておきたいと思います。それで、拒否権をやめようという提案をもししたら、まず真っ先にアメリカは反対しますし、絶対これは難しい。ただ、時々言われているのは、これも難しいんですけれども、5カ国全部が賛成しなくても、4カ国賛成したら可決にすると。あるいは、つまり2カ国合わせて反対のと言わなければ、拒否権にならないという制度を作ることはできないか。ですから、ここに書きました検証27-3のところに、常任理事国の同意投票を含む旧理事国の賛成で可決となっているんですね。これを常任理事国のうち4カ国以上の賛成が必要だと変えれば、2カ国反対しなければダメだと。そうしたら、多分、中路が決却して否決されるかもしれませんが、もしかして中国にしても、ルシアといつも同じだと言われるのは嫌だというところもあるんですよね。ですから、これは一理ある案でございます。難しいけれども、こういう案はトライするに値するとは思っています。ただ、日本が旗を振るかどうか、アメリカの同盟国ですからね、ちょっと難しいところがあるんですけれども、その他いろいろあって、例えば紛争当時国は投票すべきでないという大原則があるんですよね。当然ですよね。紛争でディスピューターしている国は投票するなというのもあるんですけれども、多分、ロシアはこれは紛争ではない。自衛だと言うでしょうね。なかなか難しい。それから、手続事項については、いくつかの条件付きで拒否権ないんです。ですから、今年はロシアが議長好きだと。しかし、この問題はロシアは当事者だから、ロシアが議長がいるのはおかしいということを言うことは、技術的には可能なんです。しかし、これもなかなか常任理事国の前でそういうのは難しいので、これをトライした人もいるんですけれども、なかなか難しい。日本はなかなかできないでしょうね。それは、実は常任理事国の間で特権を維持するために、暗黙の合意というのは実はあるんですよ。ですから、アメリカの国連大使というのは、割合、同盟国日本よりも、中国、ロシアと仲良くすることが時々あるんですね。それはその頃ではない。最近は違うかもしれません。さて、日本の責任ということを考えますと、日本は今でも常任理事国を作るとすれば第一候補だと思います。経済は衰退しておりますが、それでも勢いのあるインド、ブラジルというのは、あんまり好かれていないんですよ、周りから。それからドイツは、ヨーロッパが多すぎると、もうエイフスは常任じゃないか、三つ目はいらないという声があって、そういう意味で人を作るとすると、やっぱり日本なんですね。その日本がアンプリ化学化をやめたと言ったら、アンプリ化学化はもうできないということなので、私は日本はアンプリ化学を進める、リードしていく責任があると思っております。この際、途上国がなぜロシア制裁に消極的かということをまた申し上げれば、それは先進国のダブルスタンダードであります。一番大きいのは。2003年にアメリカは十分な国連決議なしにイラクに攻め込んだのではないかという批判があり、それからまたアフリカの多くの国は長年イギリスあるいはフランスの植民地でありました。その植民地独立闘争、時には血なまぐさい闘争で支援した国の一つはソ連だったわけですね。そういうのがありますと、なかなかロシアと手を切りにくい。それだけではなくて、彼らアフリカの国なんかは、よその国に介入されるのは嫌なんですよね。具体的にICCというのがあります。ICCはスーダンの大統領なんかには逮捕状を出すんですよ。アルバシールという逮捕状を出すと。プーチンに出せますか。出すんですけども、これ執行できる可能性はゼロですよね。そうすると結局、こういう国連の崇高な目的のためには内政干渉を持たないというのは、小さな国がやられるだけで大きな国はやられないじゃないか。こういう弱いものいじめには反対だというのが多いんですね。そういうメンタリティの国々から見ると、一番まだマシなのは日本です。日本はアフリカの植民地統治をやっていませんし、他の点でも強引な内政干渉というのはあまりやりたがらない国であります。そういうわけで私はこの点において、かつて国連に入った時に茂道さんが東西の架け橋になるといったような意味において、大事なのが日本のそういう立ち位置だと思っております。日本はG7の中で唯一非西洋の国であります。そしてかつて途上国として苦労した唯一の国であります。ですから、途上国の立場に寄り添って先進国の側に引き寄せていく、その重要なポジションにいるのは私は日本だと思います。そういう立場を踏まえた国連改革案を出していくということが重要だと思っております。具体的には総理の下で有識者会議を作って、具体案を出すと、アンプリ改革って非常にテクニカルな面があるので、具体案を作って世界にアピールしていくと。今、グテレス総長の下にアンプリ改革を目指す案を作ろうという動きがあると聞いております。これと連動しながら、日本はこういうのがいいと思うということを打ち出して、世界の国々に働きかけて、できれば今年の秋の国連総会、ちょっと間に合わなければその先になるかもしれませんが、日本がイニシアティブを取って他の友好国と一緒に案を作っていくと。その前にまず日本で案を作っていくと。例えば、赤嶋先生の方を座長にして、案を作って世界中に働きかけていく。そういうようなことをやるのが望ましいのではないかと思っております。そのためにも日本は、都城国に対するアプローチをもっと強化すべきだと。日本自身の近代化、発展というのが都城国にとって非常に大きな魅力なので、これを支援するための活動をもっとやったらどうかということをフォローには書いてございます。これは時間の関係でここで一旦終わらせていただきますけれども、私どもは海外からの研修生に日本の発展を教える。また海外のトップの大学に小さな講座を作って、日本の近代化の歴史やODを教えるというのは非常に好評なんですね。こういうことをしながら、さっき言ったようなアプローチをしていくのが良いのではないかというのが私の考えでございます。以上でございます。どうもありがとうございました。ありがとうございました。それでは次に赤嶋参考人にお願いいたします。

24:40

赤嶋参考人。

24:42

井口会長、ありがとうございます。本日は北岡先生と吉川先生に挟まれて、学級ではないただ一人の私はちょっと緊張しております。しかし本日我々の大きなテーマである国連改革、特に安保理改革というものは非常に重要な消費の関心事であることは、本日このご立席の参議院の折り切りの皆様方がここに参集しておられ、真剣な趣でおられることを見てもよくわかります。いただいた20分で私の言いたいことが全部言えるかは、ちょっと心もとないところでありますけれども、できるだけ駆け足で私の申し上げたいことを申し上げた上で、ご立席の皆様方から鋭いご指摘をたくさんいただければ非常にうれしいと思っております。

26:35

ちょっと私は年のせいもあると思いますけれども、国連の歴史というものを駆け足で振り返りたいと思います。そのうち国連の長い歴史の中でも、冷戦の時代というのはほぼそのうちの半分を占めておると言えると思うんですけれども、冷戦の時代というのは国連にとっては、あまり比較的動きとか活動のない時代であったとも言えると思いますけれども、

27:23

振り返ってみますと、結構その中にも重要な時点がいろいろ発見できるというのは、ご承知のとおりではないかと思います。米ソの対立というのは、第二次大戦が終わって、もう終わったその頃から特にアメリカと当時のソ連との関係が悪かったということは明らかですけれども、国連は45年にできたわけでありますけれども、かなり米ソ対立という火花はもう吹き出しておって、

28:15

国連憲章の45条には国連が国連軍といったようなものを作った場合に、その場合にどのようなサイズの兵力でもって、どういう構成の国連軍を作ったらいいだろうかという交渉を、特にアメリカと当時のソ連で始めたわけですけれども、47年にはすでにそういうものを作ることが極めて難しいということが明らかになりました。にもかかわらず、2つの地域、中東地域とインドとパキスタンの間のカシミール地域というのが、継承地としてもう浮かび上がっておりましたけれども、この2つの地域に関しては、結構プロ的な観点から、私は2つのPKOが発足したと書きましたけれども、正確にはPKOではないわけですけれども、プロである定線監視員が中東でもカシミールでも配備され、この時48年にできた2つの地域での国連のプレゼンスというものは、現在まで続いておるんですね。だから国連はその歴史においていろんな危機に当面して、いろんなものができたりいろんなものがなくなったりしましたけれども、結構向上的なプレゼンスと、また国連の持つ1つの中立性とか普遍性、インパーシャリティという意味ですけれども、というものは当初から今まできちんと認識されてきているということは注目すべきであると思います。それから1950年に、西側諸国にとっては突発的なことでしたけれども、朝鮮戦争が起きて、北からの侵略が起きました。その時、ソ連の代表はアンポリを欠席しておったんですね。憲章を読めばお分かりになるとおり、アンポリというのは欠席してはいけない国連機構なんですけれども、当時のソ連は中国代表権の問題で抗議をするためにアンポリをあいて欠席しておったんです。ですから、北からの38度線を南下する北朝鮮軍に対する南側からの反応というのはアメリカ中心に行われたわけなんですけれども、アメリカは早速それに対する武力での抵抗を始めました。その時の南側の軍は国連軍というふうになっているんですけれども、本当は国連軍ではないんですね。本当は多国籍軍であったわけですけれども、国連軍という名前と国連の旗の使用を許されたということで反応することが可能であった。そしてソ連がしくじったということで慌ててアンポリに戻ってきた時にアンポリは動かなかったわけですね。ですからアメリカも地位者がおるんで緊急特別総会というものを設けようということで総会のイニシアティブで作ったそういう軍隊、そういうものが招集されて朝鮮半島に派遣されるということに早速なりました。そういうことで緊急特別総会の制度というのはその時にできて、ご承知のとおりウクライナとロシアとの戦争においても何度か緊急特別総会の形で招集され、そこでは拘束力のある決定はできませんけれども、そこでの決定が持つ道義的な政治的な意味というものは決して過小評価することはできないものであるのは、皆さんはご承知のとおりです。その後も我が国が国連に加盟したのは1956年の12月、総会でそれが決まったのは12月の18日であったと思いますけれども、私はそこで清水外相の加盟の演説を聞きましたし、アジアの代表として九州のアメナウン、インドの代表が、また日本と戦後非常に親しい関係を、特別な関係を持ってきたアメリカのカブトルッジ代表が、二人とも非常に日本に親近感のあふれた素晴らしい演説をしました。私はその翌年、ある景気で国連の安全保障理事会の専門職の人間として国連職員になって、その時から日本の特に政治面での活動を見てきたんですけれども、1957年の初めから非常に日本の国連における行動は、地向く側におった、私からも歴々とわかるような形で、日本はラオスに関する特別委員会の委員長に日本の外交官がなるし、レバノン危機に際しても、当時の事務総長のハマショルと非常に密接な形でレバノン問題で行動できたのはまさに日本だったわけで、その行動は極めて鮮やかなものがあったと思います。そんなことで、その後の国連は政治的な動きというよりも、1960年代においては、アジア、アフリカ、カリブ海、その他で新興国が次から次に国連のメンバーになりまして、国連の加盟国は本来の当初の51からもう3倍近くになっていったんですね。また、その中での開発途上国の数も大変増えまして、70年代においては、まさに途上国と先進国との対立の場としての国連、火花を散らすような南北問題における対決というのが、1975年をトップにして行われることになりました。そういうふうにして国連は変わっていったわけですけれども、ポスト冷戦期になりまして、1990年代、90年を境にして、国連にはブトロスカーリというまさにちょっとガリガリの野心的な人物保障がイジブトから出てきまして、不意外の課題という大変にアンビショスな問題意識を表したし、ガリはその後はそれを多少修正するものを3年後に出しました。92年の1月には、たまたまアンポリノ非常任命国であったわけですけれども、92年の1月における首脳レベルのアンポリノ会議に、国から宮沢総理が出ておられて、実際でやや眠たそうな総理の表情を私は今でも思えております。やっぱり、ポスト冷戦期になった時の日本の態度も、また国連全体の雰囲気も非常に行動的で、またオプテミスティックなものがあったと思います。ここで挙げているように、アジアの一角であるカンボジャにおいて、またアフリカの一角であるモザンビーク、それからラテンアメリカにおいてはエルサルバドール、それぞれのPKOがともかく成功に終わった。特にその中でも大規模であったのはカンボジャのPKOであって、まさに軍人と文明、それからボロンティアまでいりますと、22,000人に達する大規模なPKOが見事にクメル・ルージュの反対運動を蹴散らして、カンボジャにおける民主国家の成立というものが、20年間そういう投票というものがなかった国において、民主主義の旗を立てることができたというのが画期的であったと思います。しかしながら、いいことはあまり長く続かないので、90年代の中頃から難しい状況が生まれました。まず、アフリカの一角であるソマリアのPKOというのは、アメリカの海兵隊とかパキスタンの兵士にかなりの犠牲者が出てきまして、うまくいかなかったわけです。それからルアンダにおける、2つの大きな民族といいますか、種族といいますか、の対立と殺戮行為があって、ルアンダもうまくいかなかった。それからその次はヨーロッパの一角である旧ユゴスラビアが、地頭が倒れた後、3つの民族の間における地理地を洗う大変な状態になりまして、特にボスやヘルスコビーナーでは、国連の保護軍というのが救われて現地に派遣されたんですけれども、やはり国連の手に負えないような状況が生まれることになりました。アンポリーにこの問題が出されたわけでありますけれども、私はその時のアンポリーの行動を現地でも見ておりましたし、非常に残念だと思うことが多かったんですけれども、アンポリーは非常にある意味では活発であったわけですけれども、不幸にして、現地とニューヨークのアンポリー事態との協力というものが残念ながら見られないままに、6つのいわゆる安全地域、セーフエリアと称しておりましたけれども、そういうものが現地の状況を見ないまま作られていった。そのうちの一つであるスレベニッツァというところで、7000名以上のイスラム系の男子が無残な形で虐殺される事件がありました。その頃、アンポリーの血液とか、胰臓生命は約200も採択されていきましたけれども、アンポリーの生産性というのは、血液の数では決して測ることができないんですね。それの持つ現実感覚といいますか、そういうものをきちんと持っていない場合、非常に事務総長とアンポリーのメンバーとの関係もおかしくなっていきますし、アンポリーが非常に現実性を欠いた動きをすることになります。それから国連はユーゴスラビアの現地において、ナートと密接に協力したわけで、ナートの空軍力を必要としたわけでありますけれども、ナートと現地における国連PKOとの意思の卒を書かないためにも、2つの機構にはデュアルキーシステムと、ナートが1つの機能を持ち、国連が1つの機能を持つ、そのことで空爆の発動というものをスムースにしようということがあったので、ナートの南部方面軍の総支力官だったアメリカ人のボーダー提督という人と、国連側の機能を持たされたのは私だったわけですけれども、この2人の関係は非常に密接で、無駄な武力交渉は絶対にしないというボーダー提督の態度に私は100%賛成しておりまして、彼がナートの鍵を持っている間は、国連とナートとの関係はスムースだったんですけれども、その後ボーダーがいなくなって問題が発生することになりました。そんなことで国連は難しい状況に入ってきた。2000年の8月にはブラヒミさん、この人は国連の事務総長特別代表としては、出職の元アルジェリアの外務大臣だった人なんですけれども、国連にはできることとできないことがある。できることに一生懸命力を入れて、できないことには手を出すべきではないということを言って、いろんな意味でPK-02が拡大していく国連に、彼は厳しい検知からその過ちを正して、国連らしいリアリズムに立つことを告げたわけですね。私はちょっとその後のところを端折ることにしまして、一番最後のところだけ。アンポリ改革と日本はこれからどういう道を歩むべきかということ。非常に明晰な分析を先ほど北岡先生からされたので、私から同じことは申しませんけれども、残念ながら日本の相対的な力、ひとつで経済力でありますけれども、これが落ちてきているということは紛れもない事実でありまして、日本が追求すべきなのはアンポリにおける常任理事国ではもはやなく、非常任理事国の現在の状態を維持することでもなく、純常任理事国とも言うべき、拒経なしのそこに存在し役割を果たすという役割であると、私はそれしかないのだと思います。拒経はある意味こちたことはないかもしれませんけれども、日本とのアメリカとの関係から言いますと、アメリカが必要だったら使ってくれるであろうことが極めて多いでありましょうし、私は日本はアンポリにできるだけ長く参加しておれる、そこの審議に参加し、また必要があれば交渉の方になって参加するということが可能でもあり重要でもあるのではないかと思います。アンポリ理事会は、皆さんテレビとかニュースで常時見ておられる理事会場が立派に存在します。しかしアンポリ理事会場の隣にちっちゃな薄暗いフェアがあることは、メディアでも知られておりません。しかしそこで行われる審議というのは極めて重要です。公式の発言ではないにしろ、非常に常任理事国であっても、非常任理事国であっても、事務局側の責任者であっても、本当に真実な真剣な交渉を行う。また私はPKOの担当者として、カンボジアの問題、内緒はユーゴスラビアの問題で、この薄暗い小さなフェアでの審議に参加できましたけれども、そこではいろんな消費期を超えて、国連の問題、アンポリの問題を話し振る。そこにできるだけ日本からの優秀な外交官が行って審議に自ら参加し、必要ならば委員施設も取るということは可能でもあり、必要なことは往々にあるのだと思います。アンポリの常任理事国の数を増やすというのは、非常に問題をかえって大きくしますし、実は2005年のアンポリ改革案について北岡先生から説明がありましたけれども、私はいろんな国に行って、アメリカと中国の外交官がいかに日本の参加している四カ国提案を覆すために反対運動をそれらの国々で参加するのを自ら見ました。私は日本の外務省に頼まれて、イチオピアにおいてメリスという大統領に会って、仮とみっちり1時間半通訳なしで話すことができたわけですけれども、メリスも非常にそのことを喜んでおりました。アメリカと中国の反対がいかにイチオピアにおいても実行されているかということを、メリス自身の口から聞くことができたわけでありますけれども、そういう必要とあるときは、それらの国々における外交問題での最高の力のある人と会って、日本の立場とか考え方を説明してあげるということは極めて重要だと思います。赤嶋参考人、時間の関係もございますので、あいまとめいただければと思います。そういうことを申し上げて、常任理事国になるよりも、常任理事国と言うべき役割を果たすということは可能でもあり、必要でもあり、また日本の置かれた地域からいって望ましいということを申し上げて、私の最後の言葉にしたいと思います。ありがとうございました。ありがとうございました。それでは次に吉川参考人にお願いいたします。

52:06

吉川参考人。

52:08

ありがとうございます。私、今日はここにお招きいただいて楽しみにしてまいりました。お二人から非常にいいお話が聞けて、特に赤嶋さん、この本、これは4判で、主版が出ているのは1965年ですよ。その、ぜひお読みになっていかない方は、岩上新書、国際連合。私、今日はロシアのウクライナ侵攻という問題の国連との関係というか国際社会との関係での本質は何か。日本は何をするべきか。それから安保理事会の改革。この3つをお話ししようと思ったんですけど、この順番は北岡先生、安保理の話。今最後にね、非常にいいことを赤嶋さんおっしゃった。この続きがあるんで、私一番先にこの安保理の改革の話を、しばらくちょっと10分かからないと思いますけど、させていただきたいと思います。お手元にはですね、国連方式で発言メモというのを先に出して、実際この通り読みませんからご心配なく。これはこういうことを言ったらどうかなと思って書いたんで、チェックアゲンストデリバリーでお願いいたします。安保理の改革ですけども、国際社会で法的に拘束力のある決定を下せる機関は、安保理しかありません。シリアの問題で決定ができないとかですね、北朝鮮でロシアと中国が結託して美党を使ったとかですね、いろいろありますけども、安保理の重要性っていうのは変わらないと思うんですね。カンボジアの成功の話は、今、赤市、当時のですね、国連代表がお話しされていたように、成功例いっぱいありますね。北岡さんは無力だっておっしゃったけど、そうだけど、かなり実績も僕は上げてんじゃないかというふうに思います。そこにですね、常時席を占めて意思決定に参加すること、注意してこれ書いたんです。常時席を占めて意思決定に関与することは、日本の考えを反映できて、日本の安全保障にもつながって国益に直結している問題だと思います。世界第三の経済大国の責務だと思うんですね。他方ですね、安保理事会に座って、いろんな問題に、はい、駄目だとかいいとかですね、言ってると、これはですね、判断を求められるんで、時には当時国から嫌われます。なんでこのように賛成するんだとか、なんでこのように反対するんだとか、だけどそれがやっぱり日本の責務だと私は思います。今度は岸田総理の平和のための岸田ビジョンの中にですね、安保理改革入っているのは結構だと思います。ぜひ検討いただきたいんですけど、国連憲章の改正を伴うっていうことはハードル高いです。非常に高いことは既に北岡先生お話しされて、歴史的な話も今お二人から、特に北岡先生からいろいろお話があったんで、僕が見るところ、国連改革についてはこれまで3つのうねりがあった。1回目のアジアアフリカ諸国が独立してですね、加盟国が51から112とか3とか、かなり増えたときに最初のうねり、これでも簡単に、これは本当に簡単にできましたね。11を15に拡大する。このときのですね、注目するべきは常任理事国の対応だったんですね。北岡先生お話しされた。細かくここに書いておきましたけど、賛成した国は5カ国で唯一ですよ。中華民国。これはあの北京に代表権移る前です。中華民国が唯一賛成した。反対したのはソ連とフランス。2人とも反対。アメリカイギリスは帰県したんですね。今度は第2段階で批准の段階になる。批准の段階になるとですね、なんと一番最初に批准したのはソ連なんです。総会で反対したソ連は賛成したわけ。イギリス、中国、フランス、反対したフランスも早い段階でフランス賛成する。最後の最後はアメリカの上院ですね。3分の2が批准したことを見届けてアメリカは批准してるんです。国連の中でアンポリ改革の話をすると、いやーP5が常任理事国が拒否権持ってるからこの案じゃダメだよ。僕はそんなことないだろう。歴史的に見たらソ連とフランスを反対しといて批准したぞ。特にソ連を真っ先にしてるじゃないか。これ分かりますよね。今中国を例にとってもいいけど、アフリカの国がみんな賛成してアンポリを拡大して我々もその中にちゃんと入れてくれっていう案に、ロシアと中国反対できますか。僕はできないと思うのね。だから大事なことは129票を取って3分の2を取れば、ハードル高いですけどね。P5がキーではない。これが一番目のポイントですね。2回目のうねりのところで言いたいのは、日本にとってはこの問題はすごい大事な問題だったんですよ。1971年、世界に先駆けてアンポリを拡大、アンポリ改革をしないといけない。もうこの時は既に拡大された後ですよ。15カ国になった後、愛知、キイチ、外務大臣はアンポリ改革の必要性を訴えたんですよね。腹の中には日本も常任理事国になりたいというのはあったんだ。だけど言わない。おっしゃったのは94年、河野洋平副総理兼外務大臣。僕はその時の国連担当課長、彼の演説を書いた。起草提案、起草案を書いて、常任理事国として責任を果たす用意があるということを河野さんおっしゃったんですね。その次の日の朝日新聞長官、今日持ってきた。一面トップですよ。一面トップで常任理事国の責任を果たす用意はあり、同時に武力不孝子とも名言、朝日ですよ、これは。各市トップに取り上げた、それはそれだけこの安全保障理事会の常任理事国というのが、日本の国内の中で20何年間もめてるわけですよ。手を挙げる、手を挙げない。今、さっき小泉総理大臣の逸話を北岡先生お話しされましたが、僕が課長の時に、当時小泉厚生大臣を割られて、小泉衆議院議員は、安保理改革について外務省の独創を止める会、会長だったの。連立与党の中の重要なメンバーで、君らが勝手に走るのは俺は止めるっていうことをおっしゃってた。その心は憲法改革改正が先だ。憲法改正をしないで常任理事国になると、日本は行使できない軍事行動にさせられるかわからないんじゃないか。私の当時の議論は、それ待ってても国連改革の電車がどっか行っちゃうかわからないですよ。国内と国際が一緒に動くかどうかは、タイミング違いますからね。これはちょっと別の話。こういう新調論はあったんですけども、河野洋平外務大臣が意見表明された94年。94年のその頃に国連に安全保障理事会改革の作業部会ができるんです。もう今が30年ですよ。

1:00:55

私その頃国連政策課長。

1:00:58

この作業部会をつくる会議に僕は行きました。93年の冬ですね。この頃これを仕切ってたのはインドとシンガポール。アジアの国々が、途上国の代表権をどうやって増やすか。そこに行ってその当時の日経新聞の記者は、日本はこれを重視して国連の担当課長を横下に書いてる。この雰囲気がね、もう熱気に溢れてるわけですね。ほとんど途上国、ヨーロッパいない、日本。そこでやろうとしてるのはこの機会を使いまいる。この機会とは何かというと、冷戦が終わってアンポリは動き出してるんだ。これまで無力だったアンポリはこれからいろんな仕事ができるはず。ここに入ろう。もうすでにカンボジア、赤城さんの活動はちょうど終わった頃ですよ。この熱気と、東京に帰ったら外務省の独創を止める会議。呼び出して、何やってんだって。このギャップ、正直に言って非常に大きいギャップがあるわけですね。我々もちょっと僕らに走らせてくれよ。もうヨーロッパじゃないや、アジアの国、シンガポールですよ。シンガポールの代表部がこの作業部会のターンズオブレファレンスを僕らで議論するわけだもん。こういうのでね。だからそれはやっぱり外務大臣にお願いしてもっと前行きましょうよ。これが93年で結局、この第二のうねりは最後は非同盟が反対して潰れます。で、第三回目のうねりっていうのが、さっき北岡先生が詳細にお話しいただいた日本が失敗したっていう時ですね。この時のベースになったのは、アナン国連事務総長が自分で選んだ県人会議の案、A案、B案なんですね。この県人会議には日本からもメンバーが入ってます。尾形貞子、UNHCRがその一人なんですね。尾形さん亡くなられたからわからないけど、尾形先生はB案だったと思う。それは私の教え子としての感じ。ともかく今のポイントは、ウクライナがどういうふうに戦争を終わるか大事ですよ。ただこの後、4回目のうねりを起こすべきだと思う。ほっといたっておきませんよ。風邪っていうのは自分がやらなきゃ。92年の時は、1回目はインドですよ。アジア、アフリカが動かした2回目のうねりの真ん中に日本はいたんですよ。愛知基地であり、河野洋平であり、いろんな歴代の日本の政治家はアンプに入ろう。一番熱心だったのは中曽根、安城、総理。これはもう間違いないですね。日本の国力は落ちていくんだ。発言権をちゃんと取っておこう。G7で、どれだけそのウィリアムズバーグサミットで自分はSS20の配置を止めたか。発言権なんだよっていうね。ここからちょっと言いますと、これもお二人が話されたのと共通にするんですけども、1点目は、日本は90年代から「自他ともに認めるアンポリ改革の旗振りだ」これはもうアンポリの中での重要なのは、私自身の経験では、常時席を占めて発言権を持っている。実際にその赤城さんがおっしゃったアンポリの公式会場の横の非公式会場に行けば、そこでは拒否権を持っているとか持っていない、関係ないですよ。意見を持っているかどうか、そこでそれをちゃんと案文にできるかどうかの 旗揚げ能力を持っているかどうかですよ。2016年の1月5日に北朝鮮が各部実験した。直ちにアンポリが招集されて、そこでアンポリの議長として「いかん表明。これから我々、具体的な措置を取るぞ」という発表しよう。日曜日かな。みんな朝集まって、アメリカの書いた紙をみんなで見る。ロシアはチュルキン、なかなかのすごいおっさんがいてですね、このチュルキン大使が「さささ」と3つぐらいの終文をパパパッと言うんですね。で、僕はそこで1番目の、2番目かな、彼が入れた。メジャーズをリスポンスに変えている。さらっと。いやダメだろ。メジャーズは安全保障理事会の理事会の用語だよ。国連憲章、措置、リスポンス。これ何をやってもリスポンスになる。いやリスポンスダメだよ。メジャーズだよ。彼はふんって笑って、もうすぐ降りるわけですね。それは出してみてみんな黙ってたら、リスポンスで通るかわかんない。拒否権のあるなしに関わらず、理事国はアンプリで対等に議論ができます。いなきゃダメよ。いなければアメリカに日本の大事な点はこれとこれです、やっといてね、みたいなね。フクワ術でね、国益は守れませんよ。私はですから、お二人と同じ意見ですね。言い方いろいろあると思いますけど、できるだけ任期の長い。任期の長い。私の名前はスタンディングメンバーなんだ。ノンパーマネントっていうと、セミパーマネントだとビジネスクラスみたいな感じに、ファーストじゃない。非常任、いや純常任、純って僕嫌だな。スタンディングメンバー、これは常時います。拒否権はないです。今聞いたところ、北岡先生、赤嶋代表、同じ意見。亡くなった大島健三さんが国連大使を辞めてからは、常任理事国なかなか難しいぞ。僕も辞めてからは、スタンディングメンバーがいいんじゃないかと言ってるんですけどね。ただ、これは私の実感としても、現場にいないとダメですよ。ただ、冠盛りだけもらっててもダメですよ。だって日本が常任理事国になりました。拒否権使うってどこで使うんですか。そんなもんはいらないと思う。ということで、ちょっと言いたかったことを残って、本題の方というか、一番目の議題なんですけど、私、このアンポリの機能不全とウクライナの問題、特にこのウクライナの問題は非常に本質的な問題を抱えていると思うんですね。それは、ロシアがやってることは、国際の平和維持という常任理事国ですよ。大きな責任を託されている常任理事国が、ここから先が大事な、意図的に、一番ですね、重大な国際法違反を犯している。常任理事国が意図的に重大な違反を犯している。これが最大の問題で、例えば、クエットがイラクに侵略された、それで多国籍軍を出した。これは、イラクという普通の国が重大な国際法違反を犯したケースですから、こういう場合にはアンポリ事態で制裁決議をするとかですね。これは可能なんですね。ただ、常任理事国が違反を犯しても、拒否権を持っているから、何にもできないわけですね、その国に対しては。ここが根本的な違いだと思うんです。ウクライナのゼレンスキー大統領は、去年アンポリとか日本の国会にもいらっしゃって、国連アンポリからロシアを排除しろ。ロシアはその名前に値していないアピールを行われましたけれども、ロシアの意に反してロシアを国連から除名することも、アンポリの議席を剥奪することもできません。これは無理です。今起きていることは、僕は国連憲章の想定外の事態だと思うんですね。だから想定外の事態なんで、国連自体では対応できない。何もできないわけですから。だからできていることは、国連の外で経済制裁をする、軍事支援をする、こういうことをやってますけれども、それを超えた措置はできてないというか、回答を持っていない。今度の戦争がどういう終わり方をするかが非常に大きいと思うんですね。仮にロシアがクリミア半島だけじゃなく、ドンバスだけじゃなくて、もっとですよ、仮にとって。そこで戦争がフリーズで、そこで定戦協定か何かやったら、重大な国際違反を、国際法違反を意図的に行った大国が、それを手に入れてしまうことになるじゃないですか。だからこの終わり方によっては、ロシア以外にもですよ、意図的に重大な国際法違反を犯す常任理事国が出てきますよ。というか出てくるでしょう。出てくるかもしれない。だからこの戦争がどうあるかというのは、ウクライナとロシアの問題だけじゃ僕はないと思いますよ。国連の寄って立っているところが、もうグラグラグラになっているわけですから、シリアとかイスラエルとかの問題は、ロシアが自分の関心があるからシリア問題を止める。アメリカはイスラエルを守りたいから、イスラエルパラシナ問題については拒否権を使うというのはありますけど、今度の本質的に違う。ここの部分は僕はやっぱり考えないといけないと思います。ただですよ、このロシア、ウクライナ問題について国連憲章は一つの回答はくれてるんですね。それは憲章51条。国連加盟国には個別的、もう終われと言われますって言ってるので、国連加盟国に個別的及び集団的自衛権を認めておりますから、例えばアメリカがですね、ウクライナの要請によって、EUと一緒に集団的自衛権を発動して戦争に参加する可能ですよ。合法的なら問題ない。NATOに加盟するしない、関係ないですよね。参戦していない最大の理由は、核兵器を持っているロシアと戦争したら第三次世界大戦になるからなんですよね。だから大事なところは、アンポリだけじゃなくですね、国際社会にとってこのウクライナがどう処理されるかっていうのが非常に大きい。そうすると日本の取る政策っていうのはおのずとこう見えてくると思うんですね。日本はロシアによる他国の領土侵害という国際法違反に対して、これを断固批判して、それを行動で示して、ウクライナをできるだけ支援するということが大事だと思います。資金供与だけではなく、私は武器供与も検討するべきだと思います。かつて湾岸戦争でですね、日本は増税までして膨大な資金協力をしましたが、人的貢献をしなかったので、誰からも感謝されなかったという事実を想起しないといけません。また日本自身がですね、ロシアとの間で北方領土問題を抱えている、ロシアが北方領土を占拠したままになっているということも忘れてはいけないと思うんですね。その際、これからの話は国連残念ながら、そんな協力じゃないですよ。国際正論の話は、数字を入れて、この発言の中に入れておきましたけれども、これからは国連だけではなくですね、価値観を共有する国々との国際機関、グループ、この関係を強化、拡大するということが大事だと思います。典型的にはG7、OECD、IEA、Quad、NATO、日本がNATOに参加するということはないでしょうけれども、NATOがやっているようなことをですね、どこまで日本自身ができるのか。このLike-Minded Countries、価値観を共有する国々との協力、拡大という点では、課題はやっぱりASEANだと思いますね。ASEAN諸国との間で、どういう関係を突っ込んだ関係ができるのか。G7については、相対的な地位が低下しているという批判とかいろいろありますけれども、私は逆じゃないかと思っている。もともとはフランスの反対があって、G7は政治は離さないというのがあったんですよ、昔ね。今やロシアに対する経済政策も、から分かるように、政治問題に決定してますね。決定したことは直ちに実行する、非常に実行性があります。むしろ重要性は増していると思うので、ここからもう一度言いますけど、アンポリに常時席を占められない日本には、特に重要な場所になっています。今年は議長国だし、来月は広島サミットだし、ぜひ指導力を発揮いただきたいです。最後に一言だけ言いたいのは、こういういわゆる多国間の外交というのは、外交官が方々でチャラチャラやる話じゃないんですよ。これは日本の政治です。日本の政治家、政治の仕事なんですよね。政治を動員した仕事。アンポリ改革だって同じですよ。どれだけ国民がこの問題を日本の国益とくっつけて考えているか。多分表にならないと思うな。だけどやっぱり先生方には頑張っていただきたい。積極的な多国間外交を展開するためには、2つ必要ですね。強固な二国間関係、それぞれの国との関係、それから国内ですね。国内での、二国間というとわりは分かりやすいんだけど、国連でどうする、このG7で何かするっていうことが日本の話なんだ。国内政治だっていうところを強調して終わりたいと思います。ありがとうございました。

1:17:17

ありがとうございました。以上で参考人のご意見の陳述は終わりました。これより参考人に対する質疑を行います。本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。まず、大会派順に各会派1名ずつ指名させていただき、その後は会派にかかわらず、ご発言いただけるよう整理してまいりたいと存じます。なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。また、質疑者にはその都度答弁者を明示していただくとともに、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますように、答弁を含めた時間がお一人10分以内となるよう、ご協力お願いいたします。質疑のある方は順次ご発言願います。

1:18:06

それでは、長谷川秀春君。

1:18:14

よろしくお願いします。自由民主党の長谷川秀春でございます。参議院の参考人の皆様、本日は大変ありがとうございました。とても参考になりましたし、最後には政治家、政治に対する要望等々もいただきまして、肝に銘じて少し質問させていただきたいと思います。まず、北岡先生にお聞きをしたいと思います。昨年、岸田総理が国連総会のアンポリ会議のその発言の中で、文言ベースの交渉を開始すべき時だということを世界に発信されたというふうに聞いております。それに対して北岡先生は、専門家を集めて、具体的改革案の策定にすぐさま着手すべき時だというふうに述べられていると思いますけれども、ここ、まず第一に着手すべき課題であったり、思われていることを少し教えていただければと思います。よろしくお願いします。北岡さん、後任。はい。文言ベースでやるべき時期だというのは、今まで立法前進であります。だけども、よく日本で言うんですよ、しっかり議論しなくちゃいかん。私はそういうことを言ったら、じゃあ全くその通りだ。じゃああなたの意見をまず言ってくれと。なんか自分から言い出さなかったら、そんな始まりないんですよ。じゃあ日本はどういう立場でいいか。言い出したら一歩も変えないっていうんじゃなくてね。とりあえずこういう案はどうですかって言い出すことが必要なので、その作業に一歩踏み出すべきではないかっていうのは私の意見でございます。はい、長谷川秀夫です。はい、ありがとうございます。よく分かりました。じゃあ次に赤嶋先生にお聞きをしたいと思います。赤嶋先生は常任理事国以外の方法で、もうなんか模索する中でね、メディアが立ち入れないインフォーマルな小さな部屋で意見交換がされ、方針が決定されているのです。これは2020年のボイスという中で言われています。日本は真の国連外交の場で発言する力を養っていかなければならないのです。とも述べられておりますけれども、この具体的にどういうことを言われているのか、少し教えていただければと思います。

1:20:54

赤嶋参考人。

1:21:05

安保理事会会議場のすぐ隣のインフォーマルな協議に各国の代表たちが集って審議をすることについて申し上げました。そこで取り上げられる問題は、私の知る限りきちんとした制約が課されているわけではないと承知しております。ですから、本当に正式の理事会場で手を挙げて質問しても、いいような問題が取り上げられることも小さな部屋において可能ですし、いろいろな問題を、例えばこの部屋はフォーマルな理事会場にむしろ似ていると思います。インフォーマルな部屋というのは、本当にこういう形で差異もない、くつろいだ部屋であり、本当に何度も何度も納得するまで相手に対して質問を続けることが可能でありますし、そういう意味では、本当にくつろいだ形で満足できるまで、満足した答えが得られるまで追求できると。また、各国の代表ではない指揮者をそこに呼んでくることも考えられるわけですね。アンポリーというのは、近年において非常にインフォーマルな性格を強くしておりまして、あれは吉川大使、アリア方式という、南米の非常にアクティブな外交官がNGOの代表をアンポリーが呼んで、その話を聞くことを可能にするためにアリア方式というのを提案しまして、これが採択されて、いろんなNGOがいろいろな形でアンポリーの代表に対して自分の意見を聞いてもらうことが可能になっておるんです。そういう意味での国の大きさとか富とか武力とか、そういうこととは関係なしにですね、その歴史天使団の代表に関しても北岡先生からも言及がございましたけれども、本当に小さな国で地図を見てもなかなか見つけることができないような国でさえあると。かつてはですね、私は国連事務局の事務次長として広報担当だったときに、その頃は歴史天使団の代表は常時ニューヨークに駐在しておるというわけではなかったんです。毎年9月に国連総会の始まる第3火曜日ですね。その直前のあたりに歴史天使団の代表が自分の国からニューヨークに到着し、我々関係者に挨拶回りをするということで、大学生が訪れてくるような感じさえあったと思います。しかし近年においては、歴史天使団は特に素晴らしい勉強家であり、研究家でもあるので、彼の存在は大きくなっているとは思いますけれども、そんなことである国の代表の知識、知見、アイデア、どういうことであっても、それは非公式な協議において取り上げられる可能性は十分に持っているということだと思います。答えになっているかどうかわかりませんけれども。

1:27:02

長谷川秀晴君

1:27:04

ありがとうございました。時間がもうあまりないので、もう一点だけ、手短いやつでですね。全然今日の説明にはなかったんですけれども、これは吉川先生に最後に。ちょっと違う視点からなんですけれども、国連関係機関の日本人職員というのは、ちょっと調べましたら、2025年までに1000人にしたいということを目指しているということを聞いていますが、一方で2020年末、過去最多918人となったと。しかしながらこれはG7の中では最も少ない数であるというふうに聞いております。こういったことをどう認識して、今後どうあるべきかということを、もしアドバイスをいただければと思います。よろしくお願いします。吉川さん、御提供をお願いします。私もこれで何年かな、7年近く国際キリスト教大学で働いております。ICUは城地大学と並んで国連職員をたくさん輩出している学校だと思いますが、今でも死亡者は多いですね。死亡者は多いですけれども、他にやれる仕事がすごくあるということもあると思う。同じような状況、国連の給料、必ずしもそれほど若いときは良くないですよ。しんどいところに行かないといけない。それに比べると外国勤務で高級取り、いっぱいありますよ。だから能力のある日本人、特に日本人女性の働く場所は、残念ながら日本にあまりない。外国に行く国連は、昔は国連が非常に大きかったけど増えている。これが1つの理由。もう1つは政府自身はJPOという、2年間言ってみれば、奨学金のようなものを与えて本館採用されるというのを続けていますが、この予算を増やすとやっぱり増えていますね。だからJPOの予算を増やすということを、お金の問題になりますけれども、それはこれまで最も成功しているやり方かも分かりません。それが正査に、中国は十数年前にパクって完全に同じ制度を持っていますよ。しかもお金たくさんだから相当出していますね。

1:29:44

ありがとうございました。以上で終わります。

1:29:49

水野智子君。

1:29:52

立憲民主社民の水野智子です。まず私は赤市康史先生にお尋ねしたいと思います。というのも私は大学のとき国連で働きたいという夢を持っておりまして、赤市先生に憧れて著書を握りしめて国連に見学に行った思い出もありまして、今日も国際法学会で買った先生担当の国連安保理改革を考える本を参考にさせていただいております。さて紛争解決におきまして国連が実効性を持つために、私もいくつかやり方があるのかなと思う中で、先ほど北岡先生おっしゃられたような紛争当時国の危険、この国連憲章27条第3項、これを強化すべきだなという思いは持っているんですけれども、先ほど先生が複数国によるものでなければ危険できない、あるいは私は多数決でもいいんではないかと思いますけれども、この国連総会で例えば解釈宣言を付すとかですね、そういった形で紛争当時国の危険できる範囲を限定することはできないかなという思いが一つございます。また安保理が拒否権で機能しないのであれば、総会で例えば平和のための結集決議の下で総会が変わって機能するようなことができるのか、この2点につきまして赤嶋先生へのご見解をお願いいたします。

1:31:10

赤嶋参考人

1:31:20

ちょっとご質問、もう一度。もう一度、1点だけで構いませんので、国連総会が紛争解決において、安保理が機能しないときにどのような機能を果たせるかにつきまして教えてください。

1:31:44

赤嶋参考人

1:31:55

安保理が機能しておらない場合に何ができるか。国連総会は緊急特別総会という、私が1950年の11月3日にアメリカの同意で、そういう安保理が動かないときにも緊急特別総会の招集が可能であると、そういうふうに国連が変わったわけですよね。その緊急特別総会の情報は今まで7,8回すでに使われてきておりますし、ウクライナに関しても3回か4回もすでに使われておりますね。これは法的拘束力がないと言われますけど、それはそのことに間違いはないんですけれども、私はそれの持つ政治的、道義的、心理的な力というものは決して無視できないと思います。だからウクライナに関して、ロシアは痛くも痒くもないよと言うかもしれませんが、それは何となく敗者のつぶやく、悔しさあまりの言葉にすぎないと思います。人間はやっぱり言語の動物ですから、痛い言葉を投げつけられると響くところは必ずあると思います。負け惜しみに、俺は何とも感じないよと、ロシアは言うに違いないのでありますけれども、感じておると思います。ロシアの外務大臣ラブロフという人、国連事務局にも10年おったし、国連大使も長くやっていた人なんで、よく知ってますけれども、彼なんかは実にインフォーマルな応答でも反応してくる快好感であり、そういう意味では無視できないところがあるんですけれども、人間的な一面は十分にありますので、痛くも痒くもないよと彼が言うとしても、それは信じない方がいいと思います。水野 誠続きまして、吉川先生に、司法的手法による紛争解決の可能性、強化につきまして、私も9月にHAGを訪ねまして、ICJで岩澤半次のご意見を伺いましたが、やはり強制管轄権住宅、これが広がっていくことが大事ではないかとおっしゃっていました。クリミア紛争、定選合意で紛争解決手段をICJと指定しているということなので、ロシアは無視できないとはおっしゃっていましたが、その前に強制管轄権住宅を促進する、日本が主導するようなことはできないかというのが1点。それから、ロシアが従おうとしていないICJの勧告命令の遵守義務の強化を国連総会による解釈宣言などにできないかというのが2点目。さらに先生もご指摘されている国際刑事裁判所、ICCの機能強化、特にアンポリ上任に事故を告白のうち加盟しているのはAF2だけですから、そのあたりをもっと加盟を強化していくことで、司法的解決を、紛争の解決可能性を高めていくことについて、ご意見をお願いいたします。

1:36:16

吉川参考人

1:36:18

ICJの話でいくつかご質問いただきましたが、おっしゃるとおり、ICJはもう非常に早い段階で、ロシアは即時停戦しろ、即時撤退しろ、命令ですよ。命令は拘束力を持っているわけですよ。で、命令を出した。ロシアは全く応じていないですね。この命令に繰り返し違反すると処罰できるんですね。処罰やろうと思うと拒否権があるんですね。だから基本的にはこのICJは紙はあるんですよ。だけどその紙を執行する警官がいないわけですね。これが世界の裁判制度。しかも、興味深いことに、この命令に反対意見を述べた判事が2人いるんですね。ロシアと中国。これ我々やっぱりちゃんと覚えておくべきで。国際法違反なのに、命令に反対意見を出す。おかしいな。再選の時には反対しようぐらいのことはやってもいいのかな、なんて思いますけどね。ICCの方。ICCは私自身はローマ条約が作られる時の日本の代表は尾幅久史国連大使。よくその下にいたんですけども、日本はなかなかICCへの批准に時間がかかりました。すごく時間がかかった。だけど今入ってますね。AF、アメリカ、中国が入ってないんで、分担金では日本がダントツですよ。一番。一番であることは、日本のサイズからしていいんだけど、この裁判所の管轄権をどうやって加盟する国を増やすか、ここなかなか難しいんですね。いろんなこと言われてます。対象になっている案件がアフリカが多い。だからアフリカがなかなか二の端を、というかICCに入らないと自分の事件を見てもらえないわけですけども。どうやって増やすかというのは非常に難しい点ありますね。その点、今度のウクライナについては、その一つのテストケース、3月17日に逮捕状が出た。日本も逮捕して引き渡す義務を持っているんですね。監視器の調査官を出すとかですね。具体的に関与することが、日本とICCの関係を深めて、それを世界的にやっぱりこれは良い会合だ、フォーラムだということが分かるような、そういう努力が必要かも分かりません。水野もとくん。どうしましょう。実は最後には北岡先生にですね、2ページ目の安保理改革につきまして過剰な対米密着は不可ということの、含意をお尋ねしたかったところでございます。もちろん大事な同盟国アメリカであります。しかし国連におきましてアメリカはややどちらかというと自国のルールをしっかり自分で決めたいというところもあって、なかなか国連の中で皆でというところが少ないところもあり、ウクライナの紛争におきましても、どちらの陣営が良い正義があるかというよりは、中立国というような形で中立のイメージを出していくこともしたいな、そういうことをですね、日本が敗戦国であり、唯一の戦争被曝国でもあるのでできないかと思った中では、大事な同盟国のアメリカとの関係あるもののですね、この先生のおっしゃられた過剰な対米密着は不可ということを最後に一言だけお願いいたします。北岡さん、後任。はい、事実としてですね、日本はいつもアメリカと同じ投票をしているわけでもないんです。アンポリデですね、例えば中東問題ではですね、アメリカが反対というと日本は危険とかですね、ちょっと一歩違う投票することは多いんですよね。ただし、全体として日本外交はアメリカ一変党と言われてもですね、あんまり反論できない立場であることは確かなんですよ。ICCにしてもICJにしても国際海洋条約にしてもですね、アメリカ自身が国際システムの中で閉じ込められるのは嫌だというのはですね、アメリカの上院を突破するのはほとんど不可能なんですよね。ですから、日本はいつもアメリカと同じだって、いやいやそうでもないよというぐらいは少しやっとかないと、例えばですね、私が2004年に行って最初にお目にかかったケースはイスラエルがですね、パレスチナに壁を作ったんですよね。これはですね、違法かどうかというのをICJに問い合わせると、意見を聞くというのがちょっと何年か前にあって、その問い合わせ、その時日本は不択するのを反対したんですよ。で、不択して帰ってきたのはあれは違法だと、ああいうものは良くないということが返ってきたんですよね。それについて日本は受け入れるということはしたんですよね。でも、こんなものは受け入れないといったのはアメリカ含めて5つぐらいしかなかったんですよ。ですから、そういう時にですね、日本はアメリカと非常に近い同盟国だと、だからだいたい同じだが分かると、でも時々ちょっと違うよね、ぐらいのことはですね、あればできるんじゃないかと思うんですよね。このさっき話したアンポリカークの時もですね、我々は国連大臣部でこういう方針で行こうとした時に、一番真っ先に反対したのは、実は外務省北米局です。あるいはワシントンの大使館です。それからアメリカが反対してきました。というのは事実であります。だからちょっとね、損耽過剰じゃないかと思っているんですよね。はい、どうもありがとう。

1:42:28

では、平木大作君。

1:42:31

公明党の平木大作でございます。本日は3名の参考人の皆様、大変貴重なお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。特にアンポリ改革という観点から言うと、これを順常任理事国というのか、スタンディングメンバーというのか、いろいろ言葉遣いも含めてあったかと思いますが、ただ、拒否権は二の次であると。このしっかりと常時日本の発言権を確保していくことが重要だという点においては、3名の皆様、基本的に同じ方向なんだなということを改めて拝聴しました。確認をさせていただきました。その上で、まず吉川参考人からお伺いをしていきたいと思います。先ほども、今回のウクライナ危機というものを契機にして、この4回目のうねりを起こせと、このアンポリ改革のうねりを、これはもう起こしていかないと起きないよというご指摘があって、なるほどと思ってお伺いしたんですが、これに関して、この改革の時間軸とかフレームについてお伺いをしておきたいと思うんですが、一つは時間軸のところですね。例えば、新葉先生とかは、だいたい2025年ぐらいまでが一つ潮目なんじゃないかと。ある意味、米中の経済力の逆転みたいなことの中で、日本が今どんどん沈み込んできているという中にあって、そのぐらいまでがもうちょっとタイムリミットなんじゃないかということを考えると、これはもうちょっと本当に、今進んでいないとどうにも形にできないのかなということも思います。ここらへんの時間軸についても、もしお考えがあったらという点が一つと。もう一つ、フレームですね。特にこの直近の改革のときに、例えば日本はG4の立場だったわけですが、他にもAUだったり、いわゆるL69だったり、いろんな枠組みがあったかと思います。結局、日本のアンも少し妥協をしていく中で、また新しい仲間づくりをしていかないと当然アンが通らないわけですけど、ここって、これまでのフレームの中で特に一緒に取り組んでいくべきところですとか、そういったもしお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。吉川さん、後に。吉川/時間軸と枠組みですかね。時間軸の観点は、さっきちょっとご紹介しましたけど、国連政策課長を93年から95年、どっぷり使ってやったんですね。かなりどっぷり使いました。当時、20年。20年ってできてるかな。俺が辞めるまでには大丈夫だろう、ぐらいのことを思ってたらとんでもない。だめでしたね。時間軸については、時間を設定する必要は私ないと思いますよ。これはちょっと言い方考えないと、言葉を慎重に選ばないといけませんけども、安全保障理事会というのは国連の肝ですね。この体制に対して日本は不満があるんだ。どういう不満か。世界の現実を反映していないんだ。23条1項読めばわかりますよね。中華民国、ソビエト連邦、アメリカ、中国、アメリカ、フランス、イギリス、国の名前がそもそも違うじゃないか。ソ連邦なんてどこにあるんだよ。現実を表してないっていうのは、読めばわかるんだから、最低ここに書いていることは現実を表そうよ。これが日本の主張なんですね。別に戦争に負けたからどうこうじゃないですよ。国連憲章70年もたって45年の古い名前ですら解明してない。これ変えろよ。中国にとってもその方がいいでしょう。ロシアにとってもその方がいいじゃないか。っていうのが僕の議論ですよ。その時にそれだけじゃだめでしょう。アフリカゼロでしょ。ラテンアメリカゼロでしょ。アジア、世界の半分ぐらいアジアで作っているくせに、中国しかいないじゃないか。こういう議論をしようということですよ。確かに日本はこう落ちていくから、インドはこれから伸びていくでしょうしね。早くやった方がいいに決まってますよ。92、3年の頃はピークだったんだもん。日本の分担率は当時、他の4人の、アメリカを除く3人の分担金を足したより高かったんだもん。ただそういう時期絶対来ません。ということであれば、やはりもう少し急ぐ感覚を持ってですね、課長から30年たって何も起きなかったんだから、これをもう少しですね、今ちょうど作業部会が始まってから30年経ちました。だからこのやっぱりさっきも出ていたような、北岡先生がおっしゃるような、何が間違っていたんだろうというね、そういうことをやっぱりやった上で、時間軸は下手に設定してもいいことは起きないと思うんですね。ただ枠組みについては柔軟に、もともと日本は日独でやったんですからね。スタートは日独、アメリカ3カ国。そこへインドを入れて、ブラジルは後から入ってきて、G4。インドは実力がありますよ。国を束ねるというか、引っ張ってくるね。敵も多いですけどね。それはやっぱりこれからの、もう皆さんお得意のあれですよ。海波を越えて何秒取るかという、こういう世界ですよ。193のうち129取ればできるんですから。そういう最後はもう数の問題ですから、そういうどういう枠組みを作っていくかも、G7とそう簡単に縁切れませんよ。だけどそういう中で、外編からさらに人を国を集めていく。

1:48:37

平木大作君

1:48:39

ありがとうございます。北岡先生についてお伺いしたいんですが、今の仲間づくりとかフレームの話にも関連すると思うんですけども、先ほどのお話の中でもですね、日本というのはG7の中でも東条国の中に信頼されているというようなお話もあったかと思うんですが、今年に入りまして、例えば岸田総理が年頭にグローバルサウスってことをおっしゃってから、国会の中でもやたらとこの言葉が聞かれるようになって、やはりこの今、東条国とどう日本として向き合うのかということはとても大事だと思っています。この中で、JICAの理事長も務められたということもありますので、今ちょうど、開発協力大綱の改定案というものがパブリックオピニオンに出ているんですが、ここに対するご評価、もしあればということと、それを超えてでも、いわゆる東条国とこれから日本どう付き合っていくのかという観点で何か御従いいただけたらと思います。

1:49:29

北岡参考人

1:49:30

はい。最初に私はグローバルサウスって言葉には反対です。あんまり関心しないと思います。グローバルサウスの中でしばしば念頭に置かれているのは、例えばG20の中に入っている有力な国々ですが、グローバルサウスというよりはむしろ有力発展国、それは中国、ロシアも入っているんだけれども、ブラジル、インド、そうした国々とね、これは言ってみれば地域の派遣国ですよ、ほとんど。周りからは結構嫌われている国が多いんですよ。南アジアでインドが好かれているかってそんなことはないし、中南米でブラジルが好かれているかってそうではない。ただし、このG20の中で先進国は除いて、あとメキシコや韓国、オーストラリアもOECDですから、これも我々の友好国に近いとして、中国とロシアは当面我々の仲間には来ないと。残りの国はですね、大体日本は友好国なんですよね。インドとは非常に深いし、ブラジルも深いと。これはそれぞれの国とそれぞれの二国間関係を深めていけばよいというのが私の意見です。それ以外のですね、もっと何もない小さな国々、これは100もあるんですよ。こういった国々をどう我々の仲間にしていくかってことが大事だということをさっき申し上げたわけで、2つのアプローチが必要だと思っています。それでですね、寄り添う方にもいろいろあるんですけども、仲間づくりでいうと難しいのは、G4でやっていくとした場合にですね、難しいのはインドなんですよ。インドは我々と非常に近いパートナーです。特に安倍さんの時代に非常に仲良くなりました。モディさんと私も仲良くなったくらいですから仲良くなったんですが、インドはですね、拒否権付きの常任を徹底して追求すると思います。1000年たってでも待つぐらいの気持ちです。ですから、このインドとどうやって組んでいくかってなかなか難しいんですね。逆にですね、純常任というのは、純常任という言葉が流行っているからそういうのを使っているわけで、純常任でも正確には長期再選可能議席というんですよね。あの議席でいけば、実は我々に反対した国々、それはコンセンサスグループといいましてね、日本に対する韓国、ドイツに対するイタリア、ブラジルに対するアルゼンチンというのはですね、インドに対するパキスタンという、そのG4の次のランクのパワフルな国々なんですよね。この国々とも結構手を組めるんですよね。ですから、それでG4を崩していくことになるかもしれません。そこでもう1回ですね、我々はこなんでいくといって、有力国を組み直して、そして、もうおっしゃるとおりです、吉川さんとおっしゃるとおり、129を取りにいくということが大事だと思っています。もっと都政国に対してはですね、もっとそれぞれの国々に対するですね、日本従来のODAを増やしていくということで、ODAについでにご質問があったのかな、だから言わせていただきますと、インフラづくりで中国と競争してもですね、勝てないです。それからアフリカでですね、中国人100万人いるんですよ。日本人1万人もいないんですよ。我々の強みは何かというと、彼らに寄り添う教育と保健医療ですよ。こういうところで人づくりに協力していくと。で、彼らを来てもらい、中国も留学生いっぱい呼んでいます。でも彼らには教えられないことがあるんです。それは自由です。我々は自由を教えることができる。そういうわけでね、留学生とか研修生とかそういうのを強化するということで、小さな国が寄り添っていくと。で、もちろん大事なところである。特にインドとか、それから地政学的に大事な国、東南アジアとかにはですね、彼らが必要としているインフラであって、かつ日本が技術的に有意を持っているもの。例えば地下鉄、通勤線、これはですね、日本が相対的に技術的にまだ有意にあり、かつですね、二酸化炭素の搬出で非常に良い効果をもたらすものであります。そういうところにセレクティブに注目してやっていくというのが大事だと思っています。

1:53:31

清木大作君。

1:53:32

おさりの様です。あの、赤傘公認にPKをについてぜひ聞きたかったんですが、時間もありましたので、他のメンバーにずりたいと思います。終わります。

1:53:43

では、串田誠一君。

1:53:45

日本維新の会の串田誠一でございます。赤傘先生にちょっとお聞きをしたいんですけれども、国際連合という、湯穴見新書、大変有名な本でございまして、質問を今日させていただけるのを大変光栄に思っております。それで当時ですね、1965年が最初の時だと思うんですけれども、その時に国際連合という本を出版されることになった時の思いと、その後ですね、国際連合をずっと見守られていく中で、思いと同じなのか、その点についての感想をお聞かせいただければと思います。

1:54:32

赤傘参考人。

1:54:39

串田先生のご質問ありがとうございます。私は国際連合という湯穴見新書を初めに出しましたのは、1965年、私が国連に入って、

1:55:08

57年に入りましたから、10年も経ってない時限で、週末を利用しながら、私が書いた読みづらい原稿を、私のワイフが、ともかくも分かる人にして清書してくれました。

1:55:36

10年ごとに、これは先ほど吉川大使がご親切にも、私の湯穴見新書に触れていただいたわけでありますけれども、湯穴見はですね、新書、だいたい同じ値段なものですから、あんまりページ数を増やしたくないんですね。ですから、どうすればいいかというと、活字を小さくする。だから、そういう意味では、ちょっと年齢層によっては、読みづらくなっているところがあると思います。しかしながら、実は10年ごとに書き換えておりますので、ある新聞社の編集委員、立派な方なんですけれども、彼はこの湯穴見新書の国際連合を10年ごとに買って、あと書きのところを一生懸命比べてみておる様子なんです。彼自身が私にそう言っておりました。ご覧になれば、初版の時からの基本的な、私の国連に対する思い、願い、希望、期待、批判、そういうものは変わってないと思います。しかしながら、10年も経っていると、やはり違う感想みたいなものが浮かび上がってくるらしいんですね。その編集委員の方は、私がカンボジャPKO日記というかなり分厚い本を私が出しました時には、その分厚い本を全部読んでくれて、朝日新聞の長官の一面一杯のサマリーを書いてくれました。私は非常にありがたいと思いました。そんなことで、比較してお読みになれば、私の国連に対する変わらぬ気持ちと信念、また、もっとやれるはずなのに、どうしてこれ以上の国連ではありえないのか、その理由を究明したいという気持ちも変わっておりません。書版を書いた時に、それを読んでくれた私の尊敬する国際法学者とか国際政治学者がおられましたけれども、もうその人たちは存命ではありません。しかし、国連にはやはり変わらぬものと変わってきたことがたくさんあると思います。また、日本人の国連に対する思いと、戦争に敗れて一文なしになった国民があるべき世界、その中で生きたい国際機構というものに対する思いというのがない。これの一番新しい版は2006年ですね。これを書くにあたっては、10年ごとに書いてきたのに、ちょっと感覚が長くなりすぎて反省しておりますけれども、何かやはりSDGというちょっと変わりなりの国連のディシジョンメイキングの仕方が最近取られたわけですから、明らかに我々の生きるこの国際社会、地球というのは変わってきてるんです。しかしながら、我々が共通に持つ国際平和に対する思いとか、その中でどうして我々はもっとできないのか、国連はもっとやれないのか、そういう批判も、みんなで立派な参議院のお部屋で議論するだけではなくて、国連というものは、我々の気持ちの中でまた変わっていくものだと思うんですね。だから、我々が生きているように、国連も我々の気持ちの中で生きているんだと思います。だから、常任理事国であるとかないとかいうことも、議論すればキリがないんですけれども、もっと有能でできる存在で欲しい国連、それはどうして我々の前に生きたものとして現れることができないのか、それはみんなで一緒に考えてみる価値は十分にあると思います。しかし、私が間違ったことを言うときに、吉川大使のような、よく私の本を読んでくれている人がいるもんですから、私はなかなかそういう勝手なことを言わせてもらえないという愛読者がいることによる自由の喪失とも言うべき、私の置かれた位置がそういうことであります。

2:02:46

吉田政治君。

2:02:47

時間になりまして、ちょっと他の質問できなかったんですが、私自身は大変満足でございますので、お許しをいただきたいと思います。どうもありがとうございます。

2:02:59

それでは、浜口誠君。

2:03:02

国民民主党新緑風会の浜口誠です。今日は3人の参考人の皆様、皆さんご自身のご経験も踏まえまして、いろいろなご提言いただきまして、本当にありがとうございます。まず最初に、赤嶋参考人と吉川参考人に、アンポリー改革の具体的な進め方という点でお伺いしたいと思います。北岡参考人の方からは、今後、今日のご提案のあった自由常任理事国ですとか、スタンディングメンバー、こういった改革を進めていく中では、有識者会議で案を作って世界にアピールしたらどうかというようなご提言をいただきました。今後、日本として具体的にどういった行動を取っていくべきなのか、赤嶋参考人、吉川参考人の方から、日本の今後の取るべき具体的なアクションについてお考えがあったらお伺いしたいと思います。まず、どちらでしょうか。

2:04:00

では、赤嶋参考人。

2:04:03

はい。私は、国際連合というものは、ある意味では一貫した向上的な一つの流れであり、運動であり、哲学であり、理念であると思いますし、また時代によって変わっていく面があると思います。そういう二面性を持っておるということですね。それぞれの時代によって国連の在り方というのが変わってきているのも事実だと思います。カンボジャPKOの実は成功の一つは、カンボジャPKOというのはいくつかのPKOの中の一つにすぎませんけれども、実はみんな普通の人が、特に日本の方々がお金を自ら出して、カンボジャに国連放送局というのができました。カンボジャは、確か色字率が当時はかなり低くて、50%以下だったわけですけれども、文字が読めないカンボジャの民衆でも、国連放送局によるカンボジャ語による民主主義に関するメッセージというのは聞き分けることができたんですね。実は今後民主共和国のPKOが実施、今でもなかなかの形で存在しているわけですけれども、そこで国連放送局をカンボジャの例を真似て作りたいということで、ヨーロッパのPKOなんかの協力もいて、それを作ろうとしました。できたかどうかは私は確かめておりませんけれども、そういうものがあればいいなと、国連の一つのメッセージの伝え方として非常に大きな力があるんですね。国連事務総長のガーリーさんは、カンボジャを見に来て、「アカシアの、俺はニューヨークで世界中の新聞を撮って読んでいるんだけれども、それを読むとカンボジャでの国連の民主選挙というものはどうも失敗に終わりそうだという意見が世界の新聞に多いようだ。しかしお前たちのこういう放送局を作り、また草の根で運動しようという情熱みたいなのを私も感じ取ることができたので、これからはある程度の希望を持って俺はニューヨークに帰るぞ」と言って帰りました。そんな意味でも、それぞれの国連の世界の各地における在り方、問題の所在、成し得ること、成し得ないこと、いろいろあるわけですね。ですから、皆さんは国連に関して、やたらに楽観的になってもらいたくもないし、かといって、やたらに国連はウクライナで何もできないんだから、もうこれ以上の期待するまでもないだろうということで、諦めてしまうのも私はもったいない気がするんですね。だから、あんまり白でも黒でもない、無限のグレーの国連、国際平和に対する我々の思い、またその中で日本が果たし得る役割、そういうものについて、お互いの意見を火花を散らすように戦わせながら、我々はやっていくしかないという感じがします。実は私、先週、京都で京都芸術大学と京都の国際構築センター共同で、カンボジアの時に命を失った国連ボロンティアだった中田敦彦さんの30周年を記念して、4月の5日と6日、2日間にわたって、大変厳粛な、いろんな国のいろんな人が発言して、それぞれの感想を述べておりましたけれども、中田君は当時、25歳で亡くなったんです。その2日後に、私は彼のお父さんとお母さんと妹さんが3人、プロンペに我々を訪ねてきまして、お会いしたんです。いよいよ亡くなった中田君の家族に会うのがつらいなと思ったんですけれども、お父さんがニコニコ笑っておられました。自分の息子は、こういう形で国際平和のために命を失ったんで、自分としては本当に嬉しく思っているということをお父さんはおっしゃいました。このお父さんはその後、自分の職を辞めて、国連ボロンティアの名誉大使になって、世界中を駆け回って、国に対する熱い思いをみんなに伝えたんですね。それを嬉しいことに、読売新聞の国際平和賞を中田君ももらうことになったんですけれども、私はその父君の笑っている姿を見て、実は、芥川隆之介は私の愛読している作家の一人なんですけど、ハンカチーフという題の表編を残しておるんです。実はですね、ある大学の先生のところに、自分の学生の母親が訪ねてきた。で、淡々として、女性の息子さんが亡くなってしまったということを、全く感情を表すことなく静かに先生に伝えた。しかし、それはある夏の日であったんですけど、先生が自分の落とした扇を拾おうと思ってしゃがんだら、その母親の手がですね、本当に手に持ったハンカチがちぎれるほど、その感情を表しておった。ただそれだけのことなんですけども、そういう日本的ストイシズムといいますか、どんなに悲しくても悲しさを表には表せないという表現の仕方、それが永続していることに、その大学の先生は思いを馳せたというだけの話なんですけども、そういう私は、その芥川の中に出てくる学生の母親と、中田君のお父さんとの感情表現の一貫している日本文化というものについて考えさせられたわけですけども、とにかく、カンボジアだけでも中田君が亡くなったし、文明警察官の人も一人亡くなって、それ以後、日本の警察は一人も、

2:14:07

舞台としてはその後、一度も出なくなったんです。今、アフリカのPKOに一番参加しているのは中国の文明警察官。

2:14:22

私は日中関係を考えるにつれても、国連をいろいろ世界中で使いながら活躍している中国と、何人かの犠牲者が出たから、もう国連とは付き合わないよということが、日本の一部にそういう気持ちが残っているとしたら、とても残念だなと思うんですけども。ちょっと長い時間、すみません。吉川参考人の時間がちょっとなくなりましたが、すみませんね。では吉川参考人、一言でお願いします。素晴らしいお話を聞いて、付け加えることなし。ありがとうございました。ありがとうございます。

2:15:18

それでは岩渕智君。

2:15:21

日本共産党の岩渕智です。今日は3人の参考人の皆様、本当にありがとうございました。ロシアによるウクライナ侵略にあたって、国連総会の場でこの侵略が非難をされて、撤退を求める決議などが賛成多数で採択されるなど、多くの国連関連が結束をして、国連憲章に基づく解決の努力が続けられてきました。今、国際政治は一部の大国ということではなくて、全ての国の政府が対等に平等に主役となって、軍事同盟に縛られずに、非同盟中立の流れも発展をしてきています。そこで、お3方にそれぞれお伺いをしたいんですけれども、先ほどもちょっと議論あったんですが、私も国連総会により強い権限を与える方向での改革が必要なのではないかというふうに考えています。そこで、先ほど北岡参考人も少し冒頭触れておられたんですけれども、常任理事国が拒否権を行使をした場合に、国連総会での説明を求める、利比転守団員が提起をして採択をされたということですけれども、これが改革の方向の一つだというふうに考えるんですが、参考人のそれぞれのお考えをお聞かせください。総会により大きな権限を与えるのは望ましいんですが、そのためには検証の改正が必要になって、とてもできないと思います。それから利比転守団員案は、前にも試みられて、背後にS5というグループがありまして、利比転守団員のみならず、ヨルダンとか、それからシンガポールとかコスタリガーとか、そういう国が入ったグループで出していたんですけれども、それも一旦出しかけて潰されているんですよね、P5の圧力で。だから拒否権に手を触れようと、アンポリの決議は神聖不可侵で、アンポリにおける拒否権に手を触れるのに絶対反対というのは非常に強いのです。ですから先ほど来、吉川大使と私も言っているのは、とにかくこれを突破していくのは、総会で129票を取って、そして批准に回った時に、中国、ロシアも拒否権を行うかもしれないですよ。だけどもその中に彼らの友好国もいるわけですよね、きっと。賛成している。それができるかどうかというので、そうやって踏みを踏ませる以外のことはなかなか難しいというので、ただ私ども何度も申していますように、決して悲観的というよりは、繰り返し絶えず絶えず多数で議論していくと。そうするとロシアも本当は穏やかではないと思うんですけども、ただ振り返ってみてください。北朝鮮決議に関する決議は、私が国連にいた時、2006年の7月に初めて決議が通ったんですよ。中国、ロシアも反対しないで。最初は96年か98年くらいにあった時は何もできなかったんですよ。それがようやくそこでできて、その年の10月には核実験をやって、これまた非難、これは制裁決議が通って、しかし何度もやってもむしろ逆戻りですよね。ただ歴史というのはそうした行ったり来たりを繰り返しながらちょっとずつ進むものではなかろうかと。今回の例えばコロナと対比してよく言うのは、例えば29年に始まって大恐慌なんですよね。大恐慌の時は、しかしIMFとか責任というのはなくて、国際的な経済協力もなかったと。それから戦艦機にも不戦条約とか国際連盟はあったし、戦争防ぐいのような努力があった。でも戦争起こっちゃった。ただ、かつてのようなホロコーストのようなことはまだ起こっていない。原爆の死はまだ起こっていない。ですから私は歴史はゆっくりと螺旋状にちょっとずつ進んでいく。それを信じて努力を積み重ねるしかない。そこでいろんなことは積み重なっていくだろうと。昔、中田さんの話で出ましたけども、実は2016年に私が在下の理事長になった翌年にもテロで在下関係者が必死になくなったんですよね。その時もあるお父さんは、息子は本当に素晴らしい人生を送らせていただいたと言われたんですよね。感動しました。それからカンボジアで言いますと、あそこで長年コツコツやった地雷除去、それが我々はコロンビアでもやってました。僕らでもやっているんですよ。ですからそういう希望を捨てずに小さな努力を積み重ねていくということだろうと思っています。それでは先ほど指名できませんでした。吉川参考人、お先にどうぞ。今のご質問で私は2つ申し上げたいですね。1つは4月26日に確かに拒否権を使ったら説明をするという、そういう決議案が通った。ただその1ヶ月後には中国とロシアが北朝鮮の決議案で拒否権を使っていますね。実際に説明はしました。それも私読みました。単に開き直りをしているだけですから、あれがどれだけの効果を持ったのかという感じがします。それから改革案についてもう1点だけ付け加えますと、私は改革案になるものが1回で通るとは思っていません。1回出してそれが100票取れれば1つオーダーを超えているんですね。国連では2つ大事な数字があります。1つは100、3桁。100は国連加盟国半分97を超えています。もう1つは129。これはもうキーですね。国連憲章を改正するための多数。100を超えれば目があるんですよ。来年やればいいわけだ。そこで110にする。その次で115。129になるまでやり続けるんです。途中で減っていくかも分からない。失速するかも分かりませんけど。中国が中国代表権問題を解決するのに20年ぐらいかかってますからね。やっぱりそれぐらいの。だから僕は2005年の当時担当しておりませんでしたが、北岡先生のさっきの話を聞いて、日本はあの時本省の指示で最多区に持ち込まなかった。だけど仮に翌年ですね。そこで入れてたらひょっとしたら128かな。取れてなかったか分からない。それ多分取れてなかったか分からない。だけど100は取れたと思う。100取れたらまた来年、また再来年。あれからもう15年、15年じゃ20年近く経って。20年やってればできてたか分からない。その間にこれじゃダメだっていうことになると、長期の非常任理事国の再選可能だと。4年じゃなくて6年、2年じゃなくて4年にしようとか6年にしようとかね。そういう話がある。一発で完成品が出ると思うのは、僕は大間違いだと思う。だからそれぐらい腹を据えて、1回目の投票で129取れなかったから外務大臣にクビだとかね。そういう話じゃない。そういう話しないで。100取れたら合格だ。次行こうっていうね。それぐらいの気持ちでやるだけの政治的な努力っていうのか、努力を持って役に端らせたらどうでしょうか。赤嶋参考人お願いします。私は特に付け加えることはありません。

2:24:05

それでは今渕友君。

2:24:07

北岡参考人に伺うんですけれども、先ほども出ていたODAに関わってなんですが、ODAは他国への軍事支援は対象外というふうに指摘ました。先日公表された開発協力大綱の中でも、日本は非軍事の協力で開発途上国の課題であるとか、人類共通の地球的規模の解決に貢献してきたと。そのことが日本にとって最も相応しい国際貢献の一つだということ。そういう文言は以上されているわけですよね。一方でOSAの基本方針では、ODAとは別枠で、同志国とみなした途上国の軍に装備品や物資を提供するということを決めています。その途上国の自主的で自律的な発展に貢献する援助、これがやっぱり重要だと思いますし、それを増やすべきだと思うんですけれども、参考人のお考えをお聞かせください。北岡さんくん。ODAはもともと非軍事という国際的な定義があるんです。その枠内でさらに充実していくと、質量を共に増やしていきたいと私は思っているとおりです。その中に例えば、以前批判されたことの一つに、途上国の軍人を呼んで、例えば国際関係論を勉強させるというのがあったんです。これは私はとても良いことだと思います。戦前の日本の軍国主義に至った最大の欠点は、軍人が幅の広いリベラルアーツの知識を持っていなかったことで、平和のために大事だと思うんですけれども、そういうわけで、そういうのがいいし、それからまた、ODAの枠内で、例えば東南アジアの国々に海上保安庁の船を作るというのをやっています。海上保安庁は海上警察です。国内の地理安全を守ると。ですから、麻薬とか密輸を取り締まるための船を供与する。これは一見軍人に似ていますが、これは軍人じゃなくて警察活動だと認知されているので、これは良いと思うんですね。OSAはこれとは別のものですから、これでODAが減ったら困るんです。ただ、世界には民主的であって、しかも外から脅かされている国があると、そういう国に対して我々は資金援助をします。だけど武器はいけないというのは、私は本当に変だなと思っています。吉川大使も言われた通りに、一定の武器あるいは武器に近いものを援助するのは構わないのではないかと思います。【池田】礼拝智孫君、ありがとうございました。【礼拝】以上です。

2:26:47

池田では、伊藩陽一君。

2:26:53

沖縄の風野 伊藩陽一です。本日は本当に今日の議題にふさわしい5、3名の参考人、お話を聞かせていただきましてありがとうございます。お話、私なりにまとおりは、国連及びアンポリーは国際世論を作り出す力があるということと、日本は日本らしい役割を果たすべきだということだったかなというふうに思っておりまして、それを目指すことを国に対しても求めてまいりたいと思います。最初にご質問させていただきたいと思いますのは、赤嶋さん同仁、よろしくお願いします。日本は戦後をスタートするにあたって、国連憲章に基づいて、いわゆる憲法9条を置き、そして戦争放棄を宣言し、非戦で国の位置を決めてこの間、参っておりますが、このような立場は国連において、日本にとってはこの間、発言権といいますか、日本の立場での発言を大いに支えるものになったのではないかなとこのように思うんですが、先進国、あるいは発展途上国、非同盟国の中で、このような日本の非戦の在り方というものが、国連での経験を通してどういう枠があるかを果たしていたかということが、もしあればお話しいただけないかなと思います。赤嶋さん、後仁。赤嶋 八津先生のご質問ですけれども、日本の政府の、日本が国連に加盟したのは、1956年の12月18日。そこで日本の立場は、清水当時の外務大臣が非常に鮮明に、また感動的な形で、日本の国としての立場、また彼の個人的な、日本の戦争に至るまでの気持ちと、また敗戦して国連加盟に至った時までの気持ちを、淡々と、必ずしも上手な英語ではなかったんですけれども、清水さんの心の声が本当に人に伝わるような形で表されて素晴らしいスピーチだったと思いますけれども、それに関して、日本の国内で東京大学の総長をやった南原茂さんが、日本は国連に対する気持ち、国際平和の在り方に対する深い思い出を持って国連に入ったんだけれども、やはり日本憲法の第9条というものにちょっと引っかかる。国連はみんなが力を合わせて平和を守る、戦争を防止するという立場に立つんで、何かやっぱり日本としても、その手段、方法がなければ国連に貢献はできないわけですね。手ぶらだけではいけないので。南原総長が言っていることは、やはりそういう国連憲章の立場に立つということは、そういう平和のためにアクティブに行動するということであって、手を挙げて降伏してしまうという意味での無抵抗主義ではないんだということを言っているんですね。これもやっぱり深い意味のある言葉であって、我々はやはり平和のためのアクティビストとして、個人としても国としても、あらなくてはいけないわけだと思うんですよね。具体的にどういう形で国連に貢献するかというのは、各個人個人が、各政党がいろいろ考えることであろうと思いますけれども、私は日本の持っている平和主義というのは、一国平和主義ではなくて、世界全体を巻き込んだ、世界の一人一人の人の気持ちが伝わるような平和哲学に基づいて国連が存在しておるのだと思うんですね。これは先ほど北岡先生が言われたように、私も北岡先生と同じく、歴史の流れというものは、螺旋橋に動いていくということを私も考えておったんですけれども、まっすぐではないんですよね。螺旋橋なんですよね。だから失望すること、がっかりすることもあるし、我々が喜ぶこともいっぱいあると思います。そういういろいろなものの交差するところが国連というところであり、日本という国がそこで何ができるのか、何ができないのか、それは日本人がこの民主主義の中でみんなで考えながら議論しながら、この国を国連における積極的な一つのエレメントとして、これからも持っていきたいなと思います。私はそういう意味で実は、先生、沖縄ですよね。やっぱり日本の中でですね、沖縄という地方が、地域が果たし得るということもたくさんあるんじゃないかと。国連のPKOの訓練施設をね、例えば沖縄に作ったらどうだろうって言って、私は沖縄の新聞にうんと批判されたのを覚えてます。私は間違っていると思わないんですけどね。でも、私の面の皮の厚さで今まで何とか生き延びてきたと思います。ありがとうございます。

2:34:52

伊藩陽一君。

2:34:54

ありがとうございました。次にですね、北岡参考人にお伺いしたいと思います。先ほどの今後の安保理改革のところの最後のところで、どなたかも質疑しております。過剰な対米密着は不可という言いぶりなんですけども、これは国連においてもそうなんでしょうけども。国内においてですね、私たちは常に米軍のですね、拒否権にあっているんですね。沖縄だとですね、まさに基地の中は入っていけない。あるいはどこにでも基地を作ってもいい。つまりアメリカが求めればどの飛行場でも使える。先ほどの赤地先生のお話の中でもですね、もうすでに沖縄は米軍もいっぱいいて、自衛隊も基地が作られていっぱい来て、この上にまた国連というためには前の2つはなくさなきゃいけないんじゃないかというのは私たちの思いで。この間ずっと戦後、沖縄の県民は米軍に対して、今、日本が国連改革のためにやっているように、ずっと取り組んでいるわけですけども、なかなか実現しません。そういう意味でですね、この過剰な対米密着というものがもたらしている沖縄のような過重な負担、あるいは日本自体が自らの独自性を発揮できないような状況を感じてしまうんですけども、この過剰な対米密着というものに込めた思いをもう少しお話しいただけませんか。

2:36:19

北岡参考人

2:36:21

はい、さっきのついでに一言付け加えますと、今、戦争というのは基本的に禁止されているんですよ。戦争はしちゃいけないんですよ。例外として自衛が、それからあるいは国際連合による制裁があるわけでですね、ですから、戦争を禁止というのは世界中が合意している原則なんです。で、ウクライナで起こっていることは、ロシアはこれを破っているわけです。ウクライナの抵抗はこれは合法なんです。自衛ですから。ということはまず、戦争にもいろいろあるということを申し上げたいと思います。で、過剰な対面密着というのはですね、よく皮肉なことを言うんですよ、国連ではね。いろんな冗談も軽口もきついことも言いますけどね。その中で、いや、ワンポリーに日本が常任になったって、アメリカの票が一票も増えるだけだろうと、死にかえなことを言うやつはいるんでね。で、それは念頭に置いた方がいいと。それからもう一つですね、国連とアメリカということを考えますと、実はですね、例えば岸信介という人さんはですね、安保条約を改定して日米関係を強固にした。しかし彼は同時にですね、国連中心主義と打ち出した人なんですよ。岸内閣時代の日本の、すぐにですね、日本外交の三原則というのを言って、国連中心主義というのを打ち出しまして、そして先ほど言われた、57年に安保に入って、非常任に入りまして、その中での活躍ってまさに目覚ましいものがありまして、戦後日本が一番アンプリで活躍したのは、その岸内閣じゃないかと思います。出番の問題なんかで決意案を出してね、アジアを振り返し、諸国を結構束ねてですね、いい線行ってるんですよ。それからさっき言われた中曽根さんはですね、やっぱりアメリカとの関係を強化した人なんですけども、同時にですね、国連にも非常に強い意識を持っておられたということがありましてね、ですから私は、アメリカとの関係を進化させていくということは決して無事はしないんですよ。ですから、さっき、なんで2005年改革が失敗したかというのを申しましたけどもね、あの時もですね、小泉さんがですね、武士さんにこれは日本にとっては悲願なんだと、頼むから賛成してくれと言ったらですね、賛成したかもしれないんですよ。それをやってないと、やる前にこれやったらまずいだろうって忖度してやめちゃってるんですよね。だから我々はグローバルなプレイヤーであるということを念頭において、我々はアジアもそれからアフリカも中国とも仲良くしつつ、アメリカとはもっと密着し国連でも活動するんだというのはですね、これは二律背反、ゼロサブゲームではなくて、それを全部やるってことが私大事だというふうに思っています。

2:38:57

委員長。

2:38:59

吉川参考人には質問できなくてすみませんでした。またいつかよろしくお願いします。

2:39:09

以上で各会派の一重目の質疑は終了いたしました。他に質疑のある方は挙手をお願いします。

2:39:18

松川瑠衣君。

2:39:20

本当に今日はお三方ともありがとうございました。自民党の松川瑠衣でございます。特に赤嶋元国連事務総長におかれて、私自身も大学のときに国連に対する憧れというのが、赤嶋国連事務次長と尾形貞子、コートナミ免武官という、やっぱり象徴されていた世代なので、非常に今日はお目にかかれて光栄でありますし、また本当に長らくのご経験からのお話を今日お伺いすることができたことは、ここにいる全員皆同じな思いだと思いますけれども、非常に幸運でありましてありがとうございます。ちょっと国連の話からさらに先の今日のテーマのウクライナについてぜひお伺いしたいと思っておりまして、北岡先生のところで、グローバルサーフという言葉はダメだというお話はそれだと思うんですが、他方でウクライナについて、なぜ制裁にまでは皆侵略だ、けしからないというところまでは賛成するんだけど、制裁までいかないのは、ウクライナが欧州の国でダブルスタンダードじゃないかという冷やかな視線があるからだというご趣旨のことをおっしゃられたと思うんですね。私が北岡先生にお伺いしたいのは、ウクライナに対して日本はどれくらい、どういうふうにやっていくべきなのかという、先ほど吉川大使の方からは武器供養もというお話もあって、私もここ、ロシアを避難し、制裁をし、そしてウクライナを支援するというところまでは、まったく当然のことだと思うんですけど、この先、どういうふうなところまで日本としてやっていくのがいいのかということについて、ぜひ北岡先生のお話をいただきたいなと。特にアセアンとかいろんな国を見てこられたと思いますし、その1点目でございます。

2:41:13

北岡参考人

2:41:15

微修正しておきますと、私は、途上国があれはヨーロッパの話ではないかという理由で冷ややかだと申したのではありません。G7のウクライナを支援しているとされているG7の国々は、必ずしもアフリカその他に対して同じ態度を取ってこなかったのではないかということで言ったので、ちょっと修正しておきます。ウクライナに対してどうすればいいかと、とても難しい問題ですけど、私は吉川大使と同じで、そうしたとんでもない憲章違反を特別の責任を持っている国がやったことを、彼らが利益を売るような格好で戦争が終わったらまずいなと思うんですよね。これは法の支配の根幹を揺るがすことだと思います。ただ同時に、私は日々犠牲者が出ているわけで、何とか終わらせることはできないかなと思っています。日本ができる役割はそんなに多くはありません。私はさっきから国際世論の重要性ということを言っているものですから、そうした途上国の中には、かつてソ連にお世話になったとか、あるいは今この食料やエネルギーの高騰で困っているとか、そういうのもあるので、そういうところはしっかりケアをしていき、また同時に、私はアメリカ側のサミット・フォー・デモクラスでやったときに、やっぱり選び方はちょっと拙速だと思うんですよね。ですから、もっとデモクラスが大事だとアメリカが言ったら、デモクラスってどんな政治、トランプさんみたいなことと言われたら、説明のしようがないんですよ。だから私の法の支配もデモクラスもレベルをもうちょっと最大公約数まで落として、だから多くの国も、よその国にいきなり攻め込むには反対なんですよ。じゃあ制裁するかというと、これに賛成したら次に自分たちが制裁されるかもしれないというので、ここのところは、私はICCはちょっと冷戦終わった後の期待値が向上しすぎたときにできたので、ちょっと期待値を下げて、そして結集を広げていくと。この決議案を通ったときも、最初、例えばロシア非難という言葉を使う可能性もあったんですけど、結局ディプロマーになったんですよ、確かね。下げているんですよね。下げて多数を集めて、そしてロシアを孤立させるという方向の外交的努力、それからあと我々ができるのは復興支援とかですね、それに復興支援のチームにJICAを始めたとして入っているんです。我々は戦後復興の経験もあると、それから自然災害の復興の経験もあると、いろんなことができますよと入っていて、さっきも触れました、地雷状況などが期待の大きいところでですね、そういうところにやっていくということが、我々の特にできることではないかなというふうに思っております。

2:44:00

西川大輝君。

2:44:02

失礼しました。ありがとうございます。私も西側の価値観を共有しながらも、やっぱりアジアの一員でもあるので、日本の特別な立場を生かした外交ができたなと、今先生のお話を聞きながら思いました。次に、赤市、事務総長、事務、すみません、元国連事務次長にお伺いしたいんですが、今やっぱり日本にとっては非常に中国とどういうふうにこれからやっていくのかということは非常に大きいわけでありますけれども、今これからの日本がですね、中国と向き合っていくときにどういうふうな姿勢であったり、やり方であったり、国連を離れるかもしれませんけれども、お考えがありましたらぜひお伺いしたいです。

2:44:53

日本の基本的な外交政策として、アメリカとの関係を最重要視するというのは私は正しいと思います。と同時に、日本のこの北東アジアにおける本当に近くに住む、そういう隣人に、しかも経済的にも政治的にも軍事的にも重要性を強めておる中国、また歴史的にも日本との関係というのは何千年に及ぶ歴史があるので、中国、それからもっと近いところにある韓国と日本との関係は、私は極めて重要性があると思います。そんなことで、私は日本国連協会の副会長もやっておるんですけれども、日本の国連協会と中国の国連協会、韓国の国連協会、この三か国は、うふなという世界的な枠の中において、お互いにもう少し考えを、もっと頻繁に交換し合おうじゃないかということで、コロナの時期を除きますけれども、毎年国連協会が三か国で会合をやり、またその中には若い人たちだけのユースフォーラムというのも作りまして、ホスト国から40名、ゲスト国から20名ずつ、合計80名の若い人たちが、我々年配の人たちよりも2倍以上の時間をかけて意見交換をするということをやってきており、今年もコロナがかなり下火になったようだからというので、今年中国で国連協会の三か国の間の会合を復活させようということで進んでおります。そういうことで、私は実はこの2005年のアンポリ改革の時も、実は当時の中国の外務大臣の名前はちょっと忘れたんですけれども、顔はよく覚えておりますけれども、ある会合で彼と一緒になったら、私の顔を見ながらすまなそうな表情で、中国はあるいろんな事情で日本の意味は添えないような行動をとっておるけれども、理解してほしいというようなすまなそうな表情で私にそれを伝えていました。そういうアジアの隣人同士の付き合いというのは深いものがあって当然なので、お互いに対接することもまたしなくてはいけないこともあるでしょう。しかしそういう時であっても、そういう気持ちを互いに伝え合うということはとても大事なことだと思います。ありがとうございます。はい、ありがとうございます。私、吉川大使にもお伺いしたいことはございましたが、ちょっと時間が来てしまいました。誠に申し訳ございません。ありがとうございました。

2:49:24

それでは宮口春子君。

2:49:27

立憲民主党の宮口春子と申します。本日は北岡参考人、そして赤嶋参考人、吉川参考人、本当にお三方から大変貴重なお話をお聞きさせていただきましたこと、心から感謝を申し上げます。ありがとうございます。ウクライナの情勢をめぐって、ロシア軍の即時撤退などを求める決議案がロシアの拒否権で否決されまして、弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮への制裁強化決議案も中国、そしてロシアの拒否権で採択できないという状況が続いています。また先ほどお話にもございましたが、4月1日から1ヶ月間、ロシアが国連安全保障理事会の議長国を務めているという不条理な状態も起きています。大国同士の対立で機能不全に陥っているとも言われるアンポリンの改革は国連の信頼性と実効性の向上のために勢いであると私も思っております。ウクライナやナト、欧米諸国へプーチン大統領による核の脅し、これが続いています。あってはならないことだと思いますが、核が使用されたとしても、今のままだとロシアを非難する決議は否決されるのであろうかと思います。私は広島で生まれ育った議員といたしましては、やはり核の使用は何としてでも止めなければならないと思い、また核兵器の廃絶と高級兵法を実現するためにできる限りのことをしていかなければならないと活動させていただいています。時間も限られていますから、私からは一つだけ質問させていただきます。岸田総理も昨年の9月に、唯一の戦争被爆国であるという歴史的使命感を持って、現実的な取り組みを進めるとおっしゃられています。では、現実的な取り組みというものは、どのようなものが考えられるか、参考にお三方のご意見をお一人ずつお伺いしたいと思います。どなたからかありますか。大丈夫です。

2:51:33

北岡参考人。

2:51:35

それは岸田さんに聞かないと分かりませんけどね。ただ、現実にこういうことになってきて、その前に私はもしかして心配だなと思ったら、シリアンでですね、ロシアはそれをちらつかせたことがあるんですよね。ですから、これはすでに違法なんですよ。現に使うことはもちろん違法ですけども、スレッドはユース、核を使うかもしれないぞと脅すことで、もうすでに違法なんですよね。違法なことをしているのがですね、ロシアにちらつかせたから、こっちが情報をしてですね、ここまで情報をするからやめてねっていうのは、これはまずいんですよね。さっき言った、こう犯しているものに対して利益を与えるような取り組みをやめるべきだと思います。ですから、これは当面ですね、長期には排説を目指すにしてもですね、ノンファーストユースとそれから核兵器を持たない国に対して使うことは絶対許さないというですね、大きなうねり決意を作っていくということが当面できるのはそれかなというふうに思っています。赤市3個に。核分子にどういう対応をしているか。軍縮においては核軍縮もそうですし、生物兵器ないしは化学、ケミカルの武器の場合もそうですけれども、検証というものが伴わないと空文句になってしまう。ですから、井上会長はまさに日本の軍縮委員会での日本を代表する大使としてご活躍になさったし、小型兵器とかそういう問題での大使において大きな役割を果たした方として私は尊敬しております。日本は冷戦が終わって軍縮の雰囲気が出てきたときに、私はたまたま国連で軍縮担当の事務次長をやってたのが3年強、4年弱でありましたけれども、世界各地に国連の広報センターというものを作りまして、そこを通じる地域軍縮もプロモートしようとした時期がありました。また国連代表部にその後入りまして、私は第5委員会を担当させられたわけでありますけれども、少なくとも軍縮担当の事務次長だったときには、ベリフィケーションですね、実際に例えば北朝鮮が約束したことを本当にやったのかどうか、そういうプルーフを言いながら軍縮を進める、核軍縮を進めるということがとても必要なことだと思うんです。でないと軍縮はしばしば空分に終わってしまうことが多いので、そういうベリフィケーション付きの核軍縮、そうでないと、ただいまいろいろNGOが一件目になって推進している核兵器に対する禁止条約は空分に終わる危険があるわけで、実はですね、これはしばしば忘れられていることですけれども、アメリカとロシアとの間でですね、核軍縮はかなり本格的にやってきているので、アメリカもロシアも持っている自分の核兵器の3分の2以上を検証付きの破壊を実施してきているんですね。これは井上先生には釈迦に説法でありますけれども、そういう形で核軍縮を、また他の形での武器の軍縮も進めないとですね、今の北朝鮮との関係で大変不幸な状態に世界が陥っているわけですけれども、NGOの方々にもですね、そういう意味では、軍縮は大賛成だ、核軍縮はもっと賛成だと、しかしながらそれは、検証をきちんとやるという形が伴わないならば、空軍に終わってしまう危険があるということを、私はいつも自分にも言い聞かせております。

2:57:30

吉川参考人

2:57:33

結構やることあんまりないですよね。本来は今の質問は会長さんに出されるとよかったかわかんない。私自身の考えだけ一つで言いますと、最後は何でしょうか。やっぱりNPTの強化しかないんですよね。NPTというのはグランバーゲン。このバーゲンとは何かというと、5大国、核大国は核軍縮をやります。その代わり、日本を含むその他世界のその他大勢は核開発をしませんという、これがグランバーゲンですよね。核を持っている連中が、今お話ありましたように、米蘇、米露では減らしたと言ってもまだ何千発もあるわけで、その間に中国は必死になって500発、どんどん増やしていますよね。核開発、核を持っている国が真面目に減らしていないところで、その他大勢にお前たち持つなと言ってもこれ駄目ですよ。北朝鮮、中国はもっと言うべきですよ。自分の影響下にあるわけだから。自分が500発持っている、お前も10発いいとか、そんな話じゃないんだもん。ここのバーゲンができていないというところが最大の問題なんで、それを非核国である日本、広島、長崎、どんどん言いましょうよ。言うべき相手は僕たちじゃないんですよ。核を持って増やしている国、一人は中国ですよ。あんた方おかしいだろうということをもっと強高に言うべきだと思います。ありがとうございました。頑張ります。はい、ありがとうございます。

2:59:18

予定の時刻も参りましたので、参考人に対する質疑はこの程度といたします。参考人の皆様には一言、御礼を申し上げます。参考人の皆様には長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、誠にありがとうございました。調査会を代表いたしまして、厚く御礼申し上げます。本日はこれにて散会いたします。ありがとうございます。

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